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エレキな春/しりあがり寿

『エレキな春』──日常を感電させる笑いの衝動

『エレキな春』(1985年)は、しりあがり寿の初期作品集であり、サラリーマン社会を舞台に“笑い”を通じて現実を感電させる異形の漫画である。「リクルート・ウォーズ」「こちら総務部秘密庶務課」などが収められ、満員電車や会議室など高度経済成長期の職場が、狂気と滑稽が交錯する空間へと変貌する。整った構図や定型的なオチを拒み、線が震え、コマが歪み、言葉が放電する。1980年代の加速社会を背景に、しりあがり寿は日常のノイズを笑いに転化し、漫画そのものの形式を破壊する。ここに“笑いの原点”としての衝動が刻まれている。

初期衝動としての『エレキな春』──笑いの誕生点

『エレキな春』(1985年)は、しりあがり寿という異能の出発点であり、同時に「笑い」という行為の原型を記録した稀有な作品である。後年の作家性を予告するすべての萌芽が、ここに既に詰まっている。

ページを開けば、整った構図も定型的なオチもない。線は荒れ、コマはずれ、キャラクターは突然変異的に増殖し、物語は論理の外側で爆発する。

だが、この混沌こそがしりあがり寿の“生命のかたち”だ。笑いがまだ芸術にも商業にも回収されていない、生の反射神経のような状態で描かれている。

この作品には「リクルート・ウォーズ」「こちら総務部秘密庶務課」「地獄のちゃんちき関所破り」など、企業勤めを題材にした短編が収められている。

舞台となるのは、満員電車、会議室、オフィス街――いずれも1980年代日本のサラリーマン文化を象徴する空間だ。だが、そこで展開されるのはリアリズムではなく、現実の反転だ。

上司は意味のない指令を連呼し、部下は己の存在理由を見失う。組織は暴走し、日常は狂気の儀式へと変わる。『エレキな春』の“職場”とは、資本主義的合理性が過熱した末に、自己崩壊を起こした祝祭空間である。

しりあがり寿は、勤め人としての身体感覚――退屈、圧力、虚無、疲労――をそのまま笑いの素材に転化した。そこには、会社員が「会社を笑う」ことでしか生き延びられない時代の息づかいがある。

描線の電圧──衝動と速度の美学

『エレキな春』のタイトルは象徴的だ。“エレキ”とは、電気でもあり、刺激でもある。ページ全体が通電しているかのように、線が震え、言葉が弾ける。

しりあがり寿の筆致は、ストーリーを語るのではなく、感情を放電する。描線の揺らぎはそのまま心拍の波形であり、コマ割りの乱れは呼吸のリズムである。

職業漫画家の「整った線」ではなく、描くことそのものが“生きる行為”として現れている。線が震え、文字が叫び、吹き出しが溶ける――そこにあるのは、物語よりも先に訪れる笑いの電流だ。

この作品のもうひとつの革新は、漫画というメディアそのものを笑いの対象にした点にある。コマの枠線が歪み、吹き出しが自我を持ち、セリフがページの外へ飛び出す。

キャラクターは自分の出番を忘れ、物語の整合性は笑いとともに崩壊していく。しりあがり寿は、漫画を「世界を描くための器」ではなく、「世界が壊れる場所」として扱った。

ギャグは登場人物のセリフではなく、形式そのものの歪みに宿る。これは、漫画が自分自身を笑う瞬間であり、表現が自己意識を持ち始めた地点でもある。笑いとは、形式のヒビ割れから漏れるノイズのようなものなのだ。

笑いは日常のノイズである

1985年という時代、社会はすでに加速していた。景気は上昇し、会社員は「企業戦士」と呼ばれ、週末も仕事に追われる。『エレキな春』のサラリーマンたちは、その過剰なテンションの中で自己崩壊を起こす存在だ。笑いは現実逃避ではなく、加速社会の内部からの反乱である。

作品内に繰り返し現れる「会社」「出世」「ノルマ」「通勤」は、80年代の労働倫理をパロディ化しながら、同時にその構造を露呈させる。しりあがり寿にとってギャグとは、資本主義のテンポに一瞬のノイズを混ぜる行為だった。彼の笑いは、社会の電流に異音を立てるショートサーキットのようなものだ。

『エレキな春』は決して“明るい”作品ではない。そこには、笑いの余韻として残る虚しさがある。キャラクターたちは狂騒の中を駆け抜けるが、終幕にはいつも空白が残る。

笑いの爆発は、社会の無意味さを照らし出す一瞬の閃光でしかない。しりあがり寿は、笑いを“救い”ではなく“観察”として描いた。だからこの作品は、ギャグでありながら詩的であり、無秩序でありながら静謐なのだ。

会社員としての日常の中で、作家が密かに流していた電流。その放電が漫画となり、ギャグとなり、やがて時代そのものを感電させた。笑いとは、秩序の中に潜む異音だ。

しりあがり寿はその異音を愛し、拡大し、形にした。『エレキな春』を読むとは、世界がわずかに壊れる音を聴くことなのだ。期作は、作家自身の内的動機、文化的参照、視覚表現の三層が重層的に作用する創作プロセスの痕跡として、非常に興味深い。

DATA
  • 著者/しりあがり寿
  • 発売年/1985年
  • 出版社/白泉社