ジョー・ブラックをよろしく/マーティン・ブレスト

ジョー・ブラックをよろしく [Blu-ray]

僕がニューヨークに留学していた1997年当時、住んでいたレジデンスの屋上から外を眺めていたら、蜜に集まる蟻の群れみたいに、階下がものすごい人だかりになっていた。

何事だろうと思って下に降りてみると、どうやら映画のロケ撮影らしく、主演らしき金髪の青年にNY女子が熱視線を送っていた。

僕のいた場所からは後頭部しかみえなかったので、キャーキャー騒いでる女の子に「すいません、彼は誰ですか?」と拙い英語で聞いたところ、彼女は興奮した面持ちで「彼が誰かって?ブラッド・ピットよ!!!オー・マイ・ガー!!!」と叫んだ。

ブラッド・ピット

いま思えば、あの撮影は『ジョー・ブラックをよろしく』の序盤で、スーザン(クレア・フォーラニ)とコーヒーショップで別れたブラッド・ピットが、交通事故に逢うシーンだったんである。

ってな訳で個人的にはちょっぴり思い入れのある映画なんだが、第19回ゴールデンラズベリー賞最低リメイク賞にノミネートされてしまったり(『Death Takes a Holiday』(’34)が本作の元ネタになっている)、181分という長過ぎる上映時間がアダになって、129分の再編集版がアラン・スミシー名義で作られたりと、現在に至るまでその世評は決して高くない。

『ジョー・ブラックをよろしく』で特筆すべきは、超絶的に冗長なテンポ感。会話と会話の間にはたーーーーっぷりと情感が込められた“間”があり、エディ・マーフィーであれば5秒で済むセリフも、1分くらいかけて語られる。

ビバリーヒルズ・コップ [Blu-ray]

上映時間が3時間もあるのは、内容がてんこ盛りだからではなく、単に一人一人の芝居が長過ぎるからだ。

この独特すぎる芝居の間が本作のキモであり、「このテンポ感がもどろっこしー!」と思ってしまった時点で、この映画を楽しむ権利が完全に剥奪される。

黄泉の国からやってきた“死の使い”が下界に降臨して、N.Yのメディア会社の社長ウィリアム・パリッシュ(アンソニー・ホプキンス)をガイド役に、人間の営みを身をもって体験する…というストーリーラインは、ロマンチック・コメディー的骨格を有している。

しかし監督のマーティン・ブレストは安易なハリウッド的説話法を放棄し、アンチ・ドラマティックな素描を淡々と紡ぎ上げる。「話に全然起伏がなーい!」と思ってしまった時点でまた、これまた映画を楽しむ権利が完全に剥奪されるのだ。

しかしながら『ジョー・ブラックをよろしく』には、恋愛の原初的衝動が実に繊細にパッキングされている。クレア・フォーラニと初めてのキスをしたときのトキメキ、初めてのセックスを前にした畏れと期待。

ブラッド・ピットの鍛え抜かれた肉体と、クレア・フォーラニの絹のようにきめ細かな肢体が重なり合うベッドシーンは、シルクのように滑らかな映像と相まって、実に美しい。

『ジョー・ブラックをよろしく』は、映画としての出来不出来を超えて、個人的に偏愛している映画のひとつだ。この作品が有しているアンチ・ハリウッドな静謐さは、荘厳な気高さすらたたえている。

そしてブラッド・ピットの“イノセント演技”は、後年デヴィッド・フィンチャーの『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』で、再リブートすることになる…。

ベンジャミン・バトン 数奇な人生 [Blu-ray]
DATA
  • 原題/Meet Joe Black
  • 製作年/1998年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/181分
STAFF
  • 監督/マーティン・ブレスト
  • 製作/マーティン・ブレスト
  • 製作総指揮/ロナルド・L・シュワリー
  • 脚本/ロン・オズボーン、ジェフ・レノ、ケヴィン・ウェイド、ボー・ゴールドマン
  • 撮影/エマニュエル・ルベツキ
  • 編集/ジョー・ハッシング
  • 音楽/トーマス・ニューマン
CAST
  • ブラッド・ピット
  • アンソニー・ホプキンス
  • クレア・フォーラニ
  • マーシャ・ゲイ・ハーデン
  • ジェフリー・タンバー
  • ジェイク・ウェバー
  • ジューン・スキッブ

アーカイブ

メタ情報

最近の投稿

最近のコメント

カテゴリー