『ディープ・ブルー』(2003年/アラステア・フォザーギル、アンディ・バイヤット)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『ディープ・ブルー』(原題:Deep Blue/2003年)は、アラステア・フォザーギルとアンディ・バイヤットが共同で監督を務めた海洋ドキュメンタリー映画。 地球の表面積の約70%を占める広大な海を舞台に、製作チームは世界中の200箇所以上で撮影を敢行した。 熱帯のサンゴ礁で繰り広げられる魚たちの色彩豊かな共生から、暗黒と静寂に包まれた水深5000メートルの深海世界、さらには荒れ狂う嵐の大西洋や極寒の氷の海まで、カメラが生命が脈動するあらゆる場所を克明に映し出す。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による圧倒的なシンフォニーと呼応し、人類が未だ見ぬ壮大な地球のドラマが描かれる。
BBCの異常な執念が生んだ、奇跡の海洋ドキュメンタリー
イギリスのBBCで放送された『BLUE PLANET』(2001年)を映画用に再編集した海洋ドキュメンタリー、それが映画『ディープ・ブルー』(2003年)である。
自然の驚異を捉えた映像作品は世の中に数あれど、本作のスケールと画面から放たれる狂気じみた情熱は、ちょっと常軌を逸している。我々が普段スクリーンで目にするような、CGで美しく構築された計算通りの映像とは次元が違うのだ。本作は、製作7年、ロケ地200ヶ所、撮影7000時間という膨大なリサーチの積み重ねによって完成したという。
7000時間といえば、不眠不休でカメラを回し続けても約291日かかる計算だ。気が遠くなるような時間を冷たい波の上や海の底でじっと過ごし、台本のない奇跡的な瞬間がカメラのレンズの前を通り過ぎるのをただひたすらに待ち続ける。
その異常なまでの執念の結晶が、90分という映画のフォーマットに濃縮されているのだから、ワンカットごとの純度が異常に高いのは当然の理である!
人間中心主義の視点を完全に排除し、ただそこにある圧倒的な現実だけを切り取ったこの作品は、もはや単なる環境ビデオではなく、大自然に対する畏敬の念をフィルムに定着させた壮大な叙事詩だ。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の重厚な海流
この途方もない映像体験に、さらなる圧倒的な説得力と映画的カタルシスを与えているのが音楽の存在だ。なんと、世界最高峰のオーケストラであるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が、今回はじめて映画音楽を引き受けているのである。
これだけ格式高く、クラシック界の頂点に君臨するような楽団を起用したのだから、さぞかし芸術的で崇高な理由があるのだろうと身構えてしまう。
しかし、オファーした理由は「イギリスとドイツの共同製作作品ということで、どこかドイツっぽさを表現したかった」かららしい。正直に言ってものすごく安易で拍子抜けするような理由だが、流石にその音楽は流麗で荘厳である。
彼らが奏でる重厚な響きは、映像の背後で鳴る単なるBGMの枠を完全に超えている。オーケストラの弦楽器が波の微細なさざめきを表現し、金管楽器が深い海溝をうねる巨大な海流の重圧を代弁する。
画面の動きと完璧にシンクロするベルリン・フィルの演奏が加わることで、深海の映像はまるで神話の世界の出来事であるかのような、圧倒的な生命力を獲得しているのだ。
美しさと残酷さが同居する、生存競争のリアル
スクリーンに映し出される海の姿は息を呑むほど美しいが、と同時にひどく残酷でもある。シャチに空中に放り投げられて弄ばれるアザラシの赤ちゃんや、シャチに食べられて白骨化している鯨の赤ちゃんと、結構エグいシーンも容赦なく収められているのだ。
これを見ていると、やっぱこの世の中、弱肉強食であるという冷酷な現実をまざまざと突きつけられる。そこにはディズニー映画のような擬人化された道徳など一切なく、ただその日を生き延びるための無慈悲なカロリーの奪い合いがあるだけだ。
そんな極限の世界のなかで、オスのペンギン達が肩を寄せあって猛烈な吹雪を凌ぐシーンは、妙にしみじみしてしまった。卵を足の上に乗せ、凍てつく嵐のなかでひたすらに耐え忍ぶ彼らの姿を見ていると、「男たるもの、じっと我慢すべしということか」と、なんだかひどく古風な教訓すら得てしまいそうになる。
一方で、過酷な自然のなかにクスッと笑えるようなユーモラスな瞬間が挟み込まれるのも本作の魅力だ。シロクマがイルカを襲うシーンがあるのだが、そのハントのヘタさぶりは微笑ましくすらある。「っていうか、絶対ムリだろ」と思わずツッコミを入れたくなるような不器用さもまた、生き物たちが持つ奇妙な愛嬌である。
さらにカメラが太陽の光すら届かない深海へと潜っていくと、そこには異形の生き物たちが跋扈している。暗黒のなかで独自の進化を遂げたチョウチンアンコウの造形としての醜悪ぶりは、まさにあのエイリアンをデザインしたH・R・ギーガー並み。想像力を凌駕する自然界の造形美(あるいは醜悪美)には、ただ圧倒されるばかりだ。
しかし、そんな暗闇や残酷さとは無縁の、ただひたすらに美しい存在もいる。漆黒の海を漂うミズクラゲの幻想的な美しさは、筆舌に尽くせない。音楽ユニット「ゴンチチ」のチチ松村氏が大のクラゲ好きということだが、その理由が痛いほどわかるような気がした。
ふわりふわりと力みなく漂うきゃつらは、まさに今流行りのスローライフを海の底で数億年前から実践しているのだ。また、ハシナガイルカの驚異的な二回転ひねりジャンプは、もし彼らが人間の体操競技に出場していたら10.00点満点必至の大技である。生命の躍動感とは、まさにこのことだろう。
名優のダンディーボイスと、もう一つの『ディープ・ブルー』
壮大な映像に寄り添う「声」のキャスティングも見逃せない。本作のオリジナル版でナレーションを務めているのは、アイルランド出身の俳優マイケル・ガンボンである。
彼は2002年10月に亡くなったリチャード・ハリスに代わって、映画『ハリー・ポッター』シリーズのダンブルドア校長役を演じていることで有名な役者さんだ。彼の深く落ち着いた声が、狂騒的な自然の映像に知的な秩序を与えている。
ちなみに、我々が耳にする日本語吹き替え版でナレーションを務めているのは津嘉山正種氏だ。ケビン・コスナーやロバート・デ・ニーロの声でお馴染みの、あの渋いダンディーボイスで世のオバサマ方を熱狂させている彼の声もまた、この重厚なドキュメンタリーにぴったりとハマっている。
ところで、「ディープ・ブルー」というタイトルを聞いて、別の映画を反射的に思い浮かべてしまった映画ファンも少なくないはず。サミュエル・L・ジャクソンの理不尽すぎる死にっぷりが記憶に新しい、レニー・ハーリン監督による同名のパニック映画『ディープ・ブルー』(1999年)だ。
遺伝子操作された巨大サメのパニックアクションを期待して間違えて観てしまうと、サミュエルは出てこないわ、ベルリン・フィルが鳴り響くわで、とんでもない肩透かしを食らうことになるので注意が必要です。
- 監督/アラステア・フォザーギル、アンディ・バイヤット
- 脚本/アラステア・フォザーギル、アンディ・バイヤット
- 製作/アレックス・ティッドマーシュ、ソフォクルス・タシュリス
- 制作会社/BBCナチュラル・ヒストリー・ユニット
- 撮影/ダグ・アラン、ピーター・スクーンズ、リック・ローゼンタール
- 音楽/ジョージ・フェントン
- 編集/マーティン・エルズベリー
- ディープ・ブルー(2003年/イギリス、ドイツ)
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