海街diary/是枝裕和

日本を代表する女優たちを揃えた、新しいスタンダードになるであろう傑作

批評家からの評価が高い職人作家であるばかりか、福山雅治主演の『そして父になる』(2013年)で、“客を呼べるヒットメイカー”であることも証明した是枝裕和監督。

これを契機とばかりに、所属していたテレビマンユニオンを離れ、盟友の西川美和や砂田麻美と共に制作者集団「分福」を立ち上げる。

これは、プロデューサーからお仕着せのストーリーをあてがわれるのではなく、自らがイニシアチブをとって映画製作に邁進するためのアクションだったそうな。

より自由な創作活動に舵を切った是枝監督が、独立後の第一弾作品として原作に選んだのが、吉田秋生の漫画『海街diary』。

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『海街diary』(吉田秋生)

鎌倉の古い木造一軒家を舞台に、四姉妹の何気ない日常を切り取った作品で、「マンガ大賞2013」を始めとして数々の賞を受賞した傑作。原作の大ファンだった是枝監督が、「他の人に映像化されるくらいなら」と自ら名乗りをあげた。

『細雪』(1983年)や『阿修羅のごとく』(2003年)など、過去“四姉妹モノ”映画では日本を代表する女優がズラリと並ぶことが多いが(そういや、グリコのCMで『ポッキー四姉妹物語』なんてのもありましたね)、本作でも綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずと当代屈指の女優が集結。

この美人度はハンパなし!個人的には、’83年度版『細雪』の岸惠子&佐久間良子&吉永小百合&古手川祐子ラインすら軽く凌駕。本当にこんな四姉妹が鎌倉に住んでたら、小生今すぐ引っ越します。

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『細雪』(市川崑)

「原作で大事にしたかった部分は、これが街の話だということと、diaryだということです」と監督が語っているとおり、物語は小さなエピソードの集積によって構成されている。

前作『そして父になる』は、赤ちゃんの取り違えというストーリーの幹がドーンと配置されていたが、今作は本筋と関係のない枝葉にこそ、命が宿っている作品なのだ。

例えば、自転車で桜並木のトンネルを二人乗りするシーンで、桜を仰ぎ見る広瀬すずの神々しさはどーよ!物語に深く関与している訳ではないこんなショットに、我々観客のハートは完全に持っていかれてしまう。神は細部に宿るんである。

そんなミニマムな映画を制作するにあたって、是枝裕和は綿密な映像設計を施している。今さら申し上げるのも気が引けるが、是枝裕和はフレーミングと動線(役者の動き)の名手。『歩いても歩いても』の例を挙げるまでもなく、複数の人数が入り乱れるグループショットを、的確かつ繊細に構築していく。

例えば『海街diary』においても、三回忌から家に戻ってきた家族六人(樹木希林&大竹しのぶ&四姉妹)が、自宅に戻ってきてくつろぐ様子を固定カメラで撮っているが、個々のキャラ付けを動線のみで明示しているのだ。

大叔母である樹木希林と実母の大竹しのぶは画面の中央に鎮座し、長女の綾瀬はるかは少し離れた位置で二人の会話に参加している(カメラのピントはここに合っている)。画面の右端では、次女の長澤まさみがストッキングを履き替えていて(生足が艶かしい!)、左側では三女の夏帆が仏壇に手を合わせている。四女のすずは画面奥に背中を向けた格好で配置され、シーンにほとんど関与しない。

しっかり者の長女、だらしない次女、天然で人のいい三女、どことなく疎外感を感じている四女の立ち位置が、このショットだけで完璧に提示されているのだ!

法事のシーンが3回も登場することからも明白なように、実は『海街diary』は“死の影”が色濃く滲んだ映画でもある。

四姉妹たちは亡き父親の幻影をいまだに追いかけているし、その父親がすずと三姉妹たちを分け隔てる遠因にもなっている。だがその”死”を覆い隠すかのように、美しい姉妹たちは活発な”生”を躍動させる。生と死のコントラストが極めて強い映画なのだ。

そう考えると、佳乃が彼氏とベッドで朝を迎えるオープニングシーンは実に印象的。漫画でもこのシーンがファーストカットなので、原作通りといえば原作通りなのだが、漫画版ではこの彼氏が“ある大きな秘密を抱えた”重要人物。

映画ではそのサイドストーリーをバッサリ切り捨てている訳で、彼を映画に登場させる理由は特段ない。だが、”生”を映画的に最も分かりやすく提示する手段として、”性”ほど格好のモチーフはないのだ。

是枝裕和は、日本を代表する女優たちを我が手中におさめ、またもやクラシック・スタンダードになるであろう傑作を撮りあげてしまった。一作ごとの尋常ならざるアベレージの高さは、ただ事ではない!

日本映画の希望は、彼と共にある。僕たち映画ファンは、その活躍をただただ見守っていこう。

DATA
  • 製作年/2015年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/126分
STAFF
  • 監督/是枝裕和
  • 脚本/是枝裕和
  • 製作/石原隆、都築伸一郎、市川南、依田巽
  • プロデューサー/松崎薫、田口聖
  • アソシエイトプロデューサー/西原恵
  • 原作/吉田秋生
  • 撮影/瀧本幹也
  • 美術/三ツ松けいこ
  • 衣裳/伊藤佐智子
  • 照明/藤井稔恭
  • 装飾/松尾文子
  • 録音/弦巻裕
CAST
  • 綾瀬はるか
  • 長澤まさみ
  • 夏帆
  • 広瀬すず
  • 加瀬亮
  • 鈴木亮平
  • 池田貴史
  • 坂口健太郎
  • 前田旺志郎
  • キムラ緑子
  • 樹木希林
  • リリー・フランキー
  • 風吹ジュン
  • 堤真一
  • 大竹しのぶ

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