『はなればなれに』(1964)
映画考察・解説・レビュー
『はなればなれに』(原題:Bande à part/1964年)は、語学学校に通う少女オディールが、仲間のフランツとアルチュールに誘われ、屋敷に隠された大金を盗もうとする顛末を描く。三人はカフェで踊り、ルーヴル美術館を全力疾走し、無邪気に夢を追いかける。だが恋と欲望が交錯した計画は次第に綻び、無垢な冒険は破滅へと傾いていく。自由と衝動のはざまで揺れる青春群像劇。
けちな犯罪者たちのちっぽけな愛の物語
わずか25日間という超早撮りで完成したジャン・リュック・ゴダールの『はなればなれ』は、若気の至りに満ちた映画だ。構成はスカスカ、フレームもずれまくり。だがむしろ、それがこの映画の魅力のひとつ。1本の作品に2〜3年を費やすキューブリックのように時間をかけず、未成熟ながらもファンキーでヒップな空気が画面に溢れている。
主演はヌーベルバーグの女神アンナ・カリーナ、端正な二枚目サミー・フレイ、そして粗暴なクロード・ブラッスールという個性的なトリオ。タイトルの「Bande à part(はなればなれ)」は、はぐれ軍団という意味だが、それはまさに型破りな三人の生き様を象徴している(クエンティン・タランティーノは本作の大ファンで、自身のプロダクション会社 A Band Apartはこの映画が由来)。
物語は典型的なボーイ・ミーツ・ガール。3人の化学反応が画面を躍動させ、楽しく、可笑しく、そしてどこか切ない。アンナ・カリーナは未成熟な女性像を自然に演じつつも青臭さはなく、そのけだるげな魅力が映画全体に軽やかな空気を添えている。フランツ役のサミー・フレイは静かに陰鬱な存在感を放ち、自由奔放なキャラクターを演じるクロード・ブラッスールはユーモアを与えている。
蓮實重彦が語るように、「けちな犯罪者たちのちっぽけな愛の物語が、どうしてこれほどの叙情を画面にゆきわたらせるのかは謎」だ。かの東大元総長が「謎」と言っているのだから、僕なんぞに理解できる訳がない。それでもこの映画はその楽しさで観客を引き込む。
そして『はなればなれ』は、『勝手にしやがれ』(1959年)や『気狂いピエロ』(1965年)といった作品に比べて明らかに小品であるゆえに、ゴダールの実験精神と茶目っ気が炸裂している。
登場人物が沈黙すると、周囲の自然音までミュートされてしまうオモシロ演出。カフェで突然三人が踊り出すマディソン・ダンス。全ては、自由奔放なゴダールの実験精神の賜物。この映画はどこまでも自由で、即興的で、フレッシュだ。
「南米の革命が必要だ」
だがゴダール自身は、「『はなればなれ』の終わりを可能にするためには、南米の革命が必要だ」と述べている。この発言は、ゴダールが映画を社会的・政治的な文脈で捉えていたことを示したものだ。
彼は、映画が現実世界と切り離された存在ではなく、社会の変革と密接に関連していると考えていた。「南米での革命が必要」だとする彼の言葉は、映画が描く幻想的な世界を現実のものとするためには、社会的な変革が不可欠であるという彼の信念を表している。
とはいえ、そんな小難しいことを我々が考える必要はなし。『はなればなれ』は、若気の至りと自由な遊び心に満ちた映画だ。まずは思う存分自由な空気を吸い込め!ケチな愛の物語を堪能しろ!ゴダール映画は楽しんだモン勝ちだ。
- 原題/Bande à part
- 製作年/1964年
- 製作国/フランス
- 上映時間/96分
- ジャンル/クライム、ドラマ
- 監督/ジャン=リュック・ゴダール
- 脚本/ジャン=リュック・ゴダール
- 製作/フィリップ・デュサール
- 原作/ドロレス・ヒッチェンズ
- 撮影/ラウール・クタール
- 音楽/ミシェル・ルグラン
- 編集/アニエス・ギュモ
- 録音/アントワーヌ・ボンファンティ、ルネ・ルヴェール
- アンナ・カリーナ
- サミー・フレー
- クロード・ブラッスール
- ルイザ・コルペン
- エルネスト・メンジェル
- シャンタル・ダルジェ
- ジョージ・スタケ
- ダニエル・ジラール
- ミシェル・デラアエ
- ミシェル・セニエ
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