『アンタッチャブル』(1987年/ブライアン・デ・パルマ)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『アンタッチャブル』(原題:The Untouchables/1987年)は、アメリカ禁酒法時代のシカゴを舞台に、財務省捜査官エリオット・ネス(ケビン・コスナー)が犯罪王アル・カポネ(ロバート・デ・ニーロ)の摘発に挑む実録犯罪ドラマ。警察内部の腐敗と暴力に抗いながら、老刑事マローン(ショーン・コネリー)、射撃の名手ストーン(アンディ・ガルシア)、会計士オスカー(チャールズ・マーティン・スミス)らとともに特別チームを結成し、巨大な闇組織に立ち向かう。
- 1987年ナショナル・ボード・オブ・レビュー:作品賞トップ10、助演男優賞受賞
- 1987年ニューヨーク映画批評家協会賞:助演男優賞(第3位)
- 1987年ロサンゼルス映画批評家協会賞:作曲賞受賞
- 1987年ボストン映画批評家協会賞:助演男優賞受賞
- 第30回ブルーリボン賞:外国作品賞受賞
- 第11回日本アカデミー賞:優秀外国作品賞受賞
- 第61回キネマ旬報(外国映画):第9位
- 1987年度カイエ・デュ・シネマ:第10位
中規模企画から、映画史の記念碑へ
パラマウント・ピクチャーズの設立75周年記念プロジェクトとして華々しく立ち上がった『アンタッチャブル』(1987年)は、本来であればもっとゴージャスに、あるいはもっと無難に作られるはずの企画だった。
だが驚くべきことに、初期予算はわずか1500万ドル程度と伝えられている。天下のパラマウントのアニバーサリー企画にしては、拍子抜けするほどかなり控えめな数字だ。
少なくとも当初の社内イメージは、スタジオの看板を背負う歴史的超大作というよりは、「テレビシリーズで有名な素材を使った、そこそこ力の入ったクライム物」くらいのポジションだったのである。
その背景には、ユニバーサル時代からエリオット・ネスの映画化を執念深く追いかけてきたネッド・タネンが、パラマウントの製作トップに就任したタイミングでようやく権利と体制が整った、という業界的経緯があった。
タネンは、かつての大ヒットテレビシリーズ版の単なる焼き直しではなく、ネス本人の回想録をベースにした、よりシリアスでオーセンティックな血生臭いドラマを作ろうと目論む。
そこで脚本家として招聘されたのが、当時ブロードウェイで最も注目されていた劇作家にして、男たちのヒリヒリするような会話劇を得意とするデヴィッド・マメットだ。
しかし、この企画は紆余曲折の末に予算が肥大化し、キャスティングの果てしない混迷に陥ることになる。主役のエリオット・ネス役には、メル・ギブソンやハリソン・フォードのほか、ドン・ジョンソン、ジェフ・ブリッジス、マイケル・ダグラス、さらにはミッキー・ロークといった錚々たる顔ぶれがリストアップされ、オファーを出しては断られるという地獄が続いた。
だがギャラやスケジュールの問題で交渉はことごとく難航し、最終的には当時まだキャリア初期でほとんど無名に近かったケビン・コスナーが抜擢される。しかし、この苦肉の策の起用こそが、結果としてテレビ版とも旧来の泥臭いギャング映画とも違う、洗練された新しいネス像を生み出す起爆剤となった。
一方、監督に起用されたブライアン・デ・パルマも、『ボディ・ダブル』(1984年)の興行不振によって(大傑作だけど!)、そのキャリアが完全に風前の灯状態。
スタジオ上層部から見れば、「大切なアニバーサリー企画 × 変態的なくせ者の売れない監督 × 無名に近い主演男優」という、どう考えても踏んだら一発アウトの地雷っぽい組み合わせである。
だが、追い詰められたデ・パルマは底力を発揮。マメットのソリッドな脚本をベースにしつつ、撮影ロケーションに合わせて場面を大胆に書き換えながら、クラシカルなギャング映画の文法と、自らのねちっこい映像美学をいかにして接続するかを、恐ろしいほど冷静に組み立てていったのだ。
一方で、暗黒街の帝王アル・カポネ役には当初からロバート・デ・ニーロを想定していたものの、舞台出演との兼ね合いでスケジュールが全く読めず、パラマウントは保険としてボブ・ホスキンスやジーン・ハックマン、あろうことかマーロン・ブランドまで候補に挙げていたという。
最終的にデ・ニーロはギリギリで出演を承諾し、短い出演シーンのために体重を激増させ、当時のカポネ専属テイラーを探し出して特注のスーツを作り、見えないシルクの下着まで誂えて完全に役になりきったという(ちなみにカポネ役として待機させられていたボブ・ホスキンスには、監督から20万ドルの小切手が送られたという豪快な裏話もある!)。
こうして最終的に予算は2400万ドルまで膨れ上がり、ショーン・コネリー、ロバート・デ・ニーロという二大スターが正式参加。衣装に帝王ジョルジオ・アルマーニ、音楽に巨匠エンニオ・モリコーネが名を連ね、撮影もシカゴ市内の歴史的建造物やモンタナの橋を使った大掛かりなロケへと圧倒的にスケールアップしていく。
ロケーションに合わせてシーンを作り替えていくうちに、当初は中規模のクライム物だった企画が、いつのまにか1980年代のハリウッド映画を象徴する巨大な記念碑へと、見事なまでに変貌を遂げていったのである。
デ・パルマが“変態的な過剰”を封じて挑んだ、クラシック回帰の戦略
『アンタッチャブル』の面白ポイントのひとつは、ブライアン・デ・パルマが自らの変態性を意図的に抑え込んでいることだ。
『殺しのドレス』(1980年)や『ボディ・ダブル』で見せた覗き見趣味全開のドエロ、『スカーフェイス』(1983年)や『キャリー』(1976年)における血みどろで残虐なバイオレンス。そんなトンガった悪趣味な個性を、この映画ではほぼ完全に封印しているのだ。
とはいえ、彼は単なる雇われ監督に成り下がったわけじゃない。ショック描写やエロティックな刺激を巧みに引っ込めつつ、オプティカル・レンズを駆使した緻密なカメラワーク、スプリット・ディオプターによる特異な構図の妙、そしてスローモーションとモンタージュの息詰まる呼吸によって、デ・パルマの署名を画面の隅々にまできちんと残している。
クラシカルな正義と悪の構図も、ギャング映画史の文脈を踏まえると彼の鋭い意図が見えてくる。1930年代のワーナー製抗争映画から、フランシス・フォード・コッポラの『ゴッドファーザー』(1972年)という重厚な叙事詩、そして80年代の自身の『スカーフェイス』という暴力過多への到達。
その歴史的な流れの中で『アンタッチャブル』は、あえて「正義は勝つ!」というオーセンティックな世界線へと回帰しつつ、80年代的ブロックバスターの派手なエンタメ文法も貪欲に取り込む、ハイブリッド構造へと鮮やかに着地している。
ショーン・コネリーが演じたアイルランド系の老練な警官ジム・マローンは、作品全体の精神的支柱だ。ジェームズ・ボンドという無敵のヒーローのイメージを背負いつつ、ここではシカゴの薄汚れた市井の老人としての渋みを纏い、人生の酸いも甘いも知り尽くした男として現れる。彼が教会の長椅子でネスに凄むあの名台詞は、法と正義の脆さを象徴する一言であり、コネリーの存在感そのものだ。
「ヤツらがナイフを抜いたら、銃を抜け。ヤツらが身内を病院送りにしたら、ヤツらを死体置き場に送れ。それがシカゴのやり方だ!」
一方、デ・ニーロ演じるアル・カポネは、登場時間の短さを忘れさせるくらい帝王感がスゴい。特に円卓を囲む部下たちを前にした「野球バットの惨殺場面」は、デ・パルマ特有の俯瞰ショットと相まって、脳裏に焼きつく。
対して、ケビン・コスナー演じる主人公エリオット・ネスは、派手さのないある種透明なヒーローだ。だが、この透明さ、もっと言えば青臭い生真面目さこそが映画の絶対的な軸であり、コネリーやデ・ニーロの強烈すぎるキャラクターのアクを中和し、受け止める調和点として完璧に作用した。
この作品以降、コスナーは〈アメリカ的理想と良心〉を体現するトップスターへと一気にステップアップしていく。『アンタッチャブル』は、彼のキャリアにおける最大のコペルニクス的転回だったのだ。
帝王アルマーニの視覚、モリコーネの哀愁、そしてオデッサの階段
ジョルジオ・アルマーニが直々に設計した衣装も、大きな要素。それは単なるお洒落レトロ・ファッションではなく、登場人物のキャラクターを視覚的に分節する記号的デザインだ。
ネスが着こなす端正でタイトな三つ揃えのスーツは彼の生真面目な清廉性を象徴し、カポネが羽織るキャメル色のオーバーコートや豪奢なスーツは、暴力によって得た権力そのもの。アルマーニの鋭いカッティングが、血生臭いギャング映画にこれまでにない洗練された風を吹き込んだ。
エンニオ・モリコーネのスコアも見事。トランペットが力強く吹き鳴らされる勇壮なヒロイズムと、消え入りそうな哀愁が奇跡的に共存するテーマ曲は、正義が勝利する昂揚感と、仲間を失っていく宿命の影の両方を同時に鳴らしている。
個人的に最も感銘を受けたのが、シカゴ・ユニオン駅でのスローモーション銃撃戦、いわゆる“オデッサの階段”のシーンである!
実はこの場面、当初の脚本では、ネスたちが駅に到着した列車に乗り込み、ヘリコプターまで動員してカポネの凄腕の殺し屋たちと戦うという、莫大な予算と日数を必要とする大規模アクション・シークエンスが予定されていた。
しかし、すでに予算は完全に底を突き、パラマウント側から「これ以上は1ドルも出せん!時間もない!」と最後通告を突きつけられてしまう。絶体絶命のピンチに追い込まれたデ・パルマはどうしたか?
彼はセットや大掛かりな特撮を諦め、駅の階段というロケーションと、純粋な映画的モンタージュの力だけでサスペンスを構築するという、離れ業に打って出たのだ!
ソビエトの巨匠セルゲイ・エイゼンシュタインのサイレント映画『戦艦ポチョムキン』(1925年)の「オデッサの階段」をあえて露骨に引用し、落ちていく乳母車、高速度撮影、暴力と無垢の対立、そしてオルゴールの子守唄と銃声の対位法を組み合わせた。
予算不足という最大のピンチが、デ・パルマにサイレント映画の古典的遺産を80年代的アクション文法に再接続させることを強要し、結果として映画史に残る伝説のシークエンスを生み出してしまったのである。
本作は興行的にも大成功を収め、世界興収は1億ドルを突破。ショーン・コネリーは自身初となるアカデミー賞助演男優賞を受賞し、どん底にいたデ・パルマは再びハリウッドのメインストリームへと華麗に返り咲く。
『アンタッチャブル』は、ブライアン・デ・パルマという映像作家にとって、絶対に避けて通ることのできない分岐点でもあった。彼のファンとして、僕はこのあまりにも美しく、そして奇跡的なバランスで成立した一本を、死ぬまで偏愛せずにはいられない。
参考文献・出典
- 監督/ブライアン・デ・パルマ
- 脚本/デヴィッド・マメット
- 製作/アート・リンソン
- 撮影/スティーヴン・H・ブラム
- 音楽/エンニオ・モリコーネ
- 編集/ジェリー・グリーンバーグ、ビル・パンコウ
- 美術/ウィリアム・A・エリオット
- 衣装/ジョルジオ・アルマーニ
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