濃厚すぎるタッチを封印し、オールスター映画としてまとめあげた、デ・パルマ初のブロック・バスター映画
パラマウントの「設立75周年記念プロジェクト」として製作された『アンタッチャブル』(1987年)は、しかしながら1500万ドルという低予算しか組まれず、お世辞にも超大作とは言えないシロモノであった。
主役のエリオット・ネスには、メル・ギブソンやハリソン・フォードが検討されていたものの、予算の関係で当時無名のケビン・コスナーにお鉢が回り、監督には『ボディ・ダブル』(1984年)の興行的失敗でハリウッドでは干された状態だったブライアン・デ・パルマに決定。その製作体制は、記念プロジェクトとは程遠いものだったんである。
しかしながら、最終的に予算は2400万ドルにまで膨れ上がり、ショーン・コネリー、ロバート・デ・ニーロの大物スターが出演を受諾。衣装にジョルジオ・アルマーニ、作曲にエンニオ・モリコーネも顔を揃えるとあって、ガゼン映画は風格を帯びてきた。
こうなると気になるのが、デ・パルマの演出ぶり。『殺しのドレス』(1980年)や『ボディ・ダブル』など、エロ満載かつB級感濃厚な変態監督に、果たしてこのプロジェクトの統括が務まるのだろうか?周囲はハラハラし通しだったんである。
だが、『アンタッチャブル』で起死回生の一打を放ちたかった彼は、濃厚すぎる“デ・パルマ的タッチ”をあえて封印し、雇われ映画監督として、自らの技術を切り売りすることに専念した。
『スカーフェイス』(1983年)のごとく凄絶なバイオレンス描写は希薄だし、『キャリー』(1976年)のごとく観客の心胆寒からしめるショック描写もない。デ・パルマ・フィルムとして自らの色に染め上げるのではなく、オールスター・フィルムとしてまとめあげるスキルに、正直僕はちょっと驚いてしまった。
では『アンタッチャブル』は、定型化されたハリウッド大作だろうか?凡庸なアクション・ドラマだろうか?否!このフィルムにも、デ・パルマ的なるものは内包されている。
賛否両論の的となった「オデッサの階段」シーンは、もともとクライマックスに予定されていた「列車での並走チェイス」が、予算の都合でカットされたために撮られた場面。
古典的名作『戦艦ポチョムキン』(1925年)を臆面もなく引用することで、デ・パルマという名前をフィルムに刻印してみせたのだ(その列車の並走チェイスは後年、『ミッション・インポッシブル』(1996年)で変奏されることになる)。
周知の通り、『戦艦ポチョムキン』はエイゼンシュタインが提唱するモンタージュ理論の実践作品であり、オデッサの階段のシーンはその顕著たるものだ。デ・パルマはそれをユニオン・ステーションの銃撃戦という形で、現代に蘇らせてしまう。
高速度撮影、いたいけな赤ん坊と外界で繰り広げられる暴力との対比、銃声と階段からすべり落ちて行く乳母車の音のみで作り上げたサウンドトラック、それによって生じるサイレント映画への目配せ。
エイゼンシュタイン発ヒッチコック経由で、華麗なるカメラワークを自家薬籠中のものにしたデ・パルマは、『アンタッチャブル』というメジャー作品にその痕跡を残すことによって、映画への署名を果たしたんである。
映画は最終的に7000万ドルの興行収入をたたき出し、ショーン・コネリーにアカデミー最優秀助演男優賞をもたらすなど、『アンタッチャブル』は、デ・パルマにとってキャリア初のブロックバスター作品となった(この作品以降、彼は再び興行収入的には失敗作を撮り続ける結果になるのだが)。
ストーリーの流れと無関係にデ・パルマという強烈な個性が顔をもたげるこのフィルムを、僕は偏愛せずにはいられない。
- 原題/The Untouchables
- 製作年/1987年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/120分
- 監督/ブライアン・デ・パルマ
- 製作/アート・リンソン
- 脚本/デヴィッド・マメット
- 撮影/スティーヴン・H・ブラム
- 音楽/エンニオ・モリコーネ
- 美術/ウィリアム・A・エリオット
- 編集/ジェリー・グリーンバーグ、ビル・パンコウ
- 衣装/ジョルジオ・アルマーニ
- ケビン・コスナー
- ショーン・コネリー
- チャールズ・マーティン・スミス
- アンディ・ガルシア
- ロバート・デ・ニーロ
- リチャード・ブラッドフォード
- ジャック・キホー
- ブラッド・サリヴァン
- ビリー・ドラゴ
- パトリシア・クラークソン
最近のコメント