『ロッタちゃん はじめてのおつかい』(1993)
映画考察・解説・レビュー
『ロッタちゃん はじめてのおつかい』(原題:Lotta Flyttar Hemifran/1993年)は、アストリッド・リンドグレーン原作、ヨハンナ・ハルド監督によるスウェーデン発の児童映画。生意気だけど憎めない少女ロッタが、家族とケンカして家を飛び出し、ひとりで生きる冒険を始める。北欧らしい温かみある映像と自由な教育観を通じて、子どもの自立と家族の絆を優しく描き出す。
北欧児童文学がもたらした“自由の気配”

スウェーデンでは国民的な童話作家です。僕も幼少時代は彼女の作品を愛読していました。日本では00年に恵比寿ガーデンプレイスで公開され、熱狂的なファンを開拓しました。タレントのはなちゃんもこの映画の大ファンだそうです。このような現象をどうお考えですか。昨今の日本における北欧ブームにも大きく影響を及ぼしたのと思うんですが」
ロッタ「うーん、そうかもしんないね。あーん、セーターがチクチクする!!ムカつく!!」
“毒のある可愛さ”が日本人に刺さった理由
竹島ルイ「ストーリーにドラマチックな展開がある訳ではないんですね。そこにはただ、日本人憧れのスローライフがある。そして、家具だとかファッションだとか、いわゆる北欧的な意匠に我々はみなイチコロになってしまった訳です。映画的な興奮ではなく、現実レベルの憧れとしてこの作品は存在する。そういう意味で、この映画の日本での受け入れられ方はやや特殊だと思うんですが、そのあたりはどーですか」
ロッタ「あなたにはドラマチックじゃなくても、あたしにはじゅうぶんドラマチックよ!だってあたし、ひとりで引っ越ししたのよ。すごいでしょ!」
竹島ルイ「そういうロッタちゃんの自信過剰ぶりといいますか、生意気さも、我々には実に新鮮だったんですね。つまり、“個性を伸ばそう”という名ばかりの教育勅語をタテマエとし、“手のかからない、いい子にするための教育”に慣れ親しんだ日本の教育システムであったらば、毒っ気たっぷりのロッタちゃんの個性は、確実に矯正されてしまう。しかしご両親はそんなロッタちゃんを優しく見守り、愛するんですね。ある意味で、日本人に新しい親子関係・教育意識を芽生えさせたと思うんです」
ロッタ「あたし、パパもママもお兄ちゃんもお姉ちゃんも大好き!あ、でもお兄ちゃんは意地悪するから、時々きらい!」
竹島ルイ「この映画の日本公開に一役買ったのが、映画評論家の江戸木純氏です。彼は知り合いの映画会社を巻き込んで配給権を買い取り、ポスター・デザインに人気アーティストの奈良美智氏を起用しました。可愛らしさと憎らしさ、無邪気さと残酷さ。アンビバレントな要素が不思議に同居している氏の独特のタッチが、この作品の本質を実に正確にとらえていると思うのです」
ロッタ「パムセ、こっちにおいでー!」
竹島ルイ「これは私見なのですが、映画の冒頭、ロッタちゃんがハサミでセーターを切り刻むシーンは、チェコの作家ヤン・シュバンクマイエルのタッチにも似た、生理的な不安感を感じさせます。
スウィートなキッズ・ムービーにみせかけて、実はポテンシャルとしては、極めてグロテスクな作品に成り得た作品ではないか、という気がするのです」
ロッタ「あたし、グロくないもん!とっても可愛いもん!」
竹島ルイ「…そうですね…そういうことにしておきましょうか…」
ロッタ「うん!」
竹島ルイ「なんか最後まで話が噛み合いませんでしたね…」
ロッタ「じゃあ、またね!!」
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