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『フローズン・タイム』(2006)時間を止める青年が見つめた孤独と欲望

『フローズン・タイム』(2006)
映画考察・解説・レビュー

5 OKAY

『フローズン・タイム』(原題:Cash Back/2006年)は、イギリスの写真家ショーン・エリスが監督・脚本を手がけた青春ドラマである。恋人に去られた美大生ベン(ショーン・ビガースタッフ)は、不眠症に悩みながら深夜のスーパーでアルバイトを始める。退屈な時間の中で、彼は“時間を止める”という能力に目覚め、静止した世界をスケッチし始める。現実と幻想が交錯する中、孤独と創造の狭間で若者の心が揺れ動く。

芸術と欲望の境界線

正直に告白しよう。フライヤーの小洒落たイメージから、僕はすっかり、スパイク・ジョーンズやミシェル・ゴンドリー系の、「ちょっとストレンジで切ないブリティッシュ・ポップ・ムービー」と思い込んでいた。まさか中身が、こんなにお馬鹿な性欲丸出しリビドー映画だったとは!

『フローズン・タイム』(2006年)は、失恋のショックで時間を止める能力を手に入れた青年を主人公に据えたファンタジーだ。だがその実体は、時間感覚の喪失に取り憑かれた男の、あまりに孤独で倒錯した自意識を描き切った青春映画である。

監督・脚本・プロデュースを務めたショーン・エリスは、ファッション誌『Vogue』や『Harper’s BAZAAR』で名を馳せた泣く子も黙る超一流フォトグラファー。

この映画には、彼のバックグラウンドが物語の構造にまで深く浸透している。映像は常に冷たく、光はナイフのように研ぎ澄まされ、登場人物の動作はまるで一枚のグラビア写真のように静止する。

そう、彼にとって「時間を止めること」はSFの設定ではなく、世界を「静止画(スチール)」として捉える写真家としての本能そのものなのだ!

孤独を永遠化する「時間停止」という麻痺

物語は、失恋によって深刻な不眠症に陥った美大生ベン(ショーン・ビガースタッフ)が、退屈な夜をやり過ごすために24時間営業のスーパーマーケットで夜勤のアルバイトを始めることから動き出す。

秒針の音が耳に障るほど、時間の流れは鈍化し、夜勤の8時間がまるで永遠の刑期のように続く。やがて極限状態の彼は、世界の時間をピタリと止める能力を手に入れてしまう。

あらゆるものが凍りついた空間で、ただ彼だけが自由に歩き回れる自由。この設定が面白いのは、これがヒーローのような超能力としてではなく、心を閉ざした少年の「心理的麻痺」のメタファーとして機能している点だ。

失恋の痛みに耐えられないベンは、世界を凍結させることでしか自分を保てない。時間を止めるとは、痛みの進行を一時停止させる、必死の防衛本能なのである。

そして、時間が止まった世界で彼が真っ先にする行為──それが、スーパーに来た女性客たちの服を脱がせ、裸のままの彼女たちをスケッチすることだ。一歩間違えれば犯罪、二歩間違えればただの変態である。

観客は一瞬、倫理的な違和感に襲われる。だが、ショーン・エリスはここで魔法をかける。この倒錯した行為を、あくまで「芸術的行為」という極めて純度の高いフレームに閉じ込めてしまうのだ。

女性たちは性的対象としてではなく、光の当たる彫刻のように配置される。冷たい照明、静止した空気、滑らかな肌の反射……彼女たちは欲望の対象であると同時に、時間の中に幽閉された「永遠の美」そのものへと昇華される。

ベンが手を伸ばす瞬間、画面は完璧な写真の構図に変わり、我々観客もまた、映画という動的なメディアの中で「静止」という異様な快感を体験させられるのだ。

これこそが、写真家エリスの真骨頂!カメラは生きた時間ではなく、止まった瞬間にのみ真実を見出す。ベンの行為は被写体の生命を奪う代わりに、その存在を永遠化する。芸術とフェティシズムの境界にある危うさこそが、本作の美学の核なのだ。

スーパーマーケットという小宇宙

一方で、ベンを取り巻く同僚たちは、退屈を誤魔化すために下らないジョークと性衝動にまみれた「動かない大人」の象徴だ。

スキンヘッドの店長、エロ話に命をかける同僚、誕生日にストリッパーを呼びたがる男たち……。24時間稼働し続けながらも、実際には何も変化しないスーパーマーケットという閉鎖空間は、現代社会の縮図のようでもある。

ここで描かれる即席フットサルの惨敗シーンや下品な悪ふざけは、まるで80年代ティーン映画の残響のようなバカバカしさに満ちている。ショーン・エリスは、アート映画特有の気取った冷たさをここで一度脱ぎ捨て、泥臭い笑いの中に「生きている時間」の熱を取り戻そうとする。本作は時間を止める映画でありながら、同時に停滞した日常を再び動かそうとする再生の物語でもあるのだ。

結局のところ、『フローズン・タイム』は「見る」という行為の残酷さを描いた作品でもある。ベンは女性たちを見つめ、スケッチし、凍った世界に閉じ込める。

その視線は、被写体をコントロールしたいと願う映画監督=観察者としてのエリス自身の視線と重なる。「見ることは奪うこと、しかし同時に残すことでもある」という二重の暴力性。写真というメディアの宿命とも言えるこのパラドックスを、エリスは自覚的に、そしてロマンティックに描き切った。

やがてベンは、新しい恋人に出会うことで「時間を止める」必要を失っていく。愛によって再び時間が動き出すというクライマックスは、極めてシンプルだが、そこでもエリスの冷静な構図感覚は微塵も揺るがない。

二人が見つめ合うその瞬間、世界は再び流れ出す。それは単なるハッピーエンドではなく、止まった自意識の殻を破り、世界を再び受け入れる覚悟の瞬間だ。ショーン・エリスは、時間をコントロールしようとする若者の暴走を通じて、「時間の美学」そのものをフィルムに焼き付けたのである。

正直、下ネタ全開のバカ映画の皮を被っているけれど、その中身は驚くほど純粋で、鋭利な感性が宿っている。

DATA
  • 原題/Cash Back
  • 製作年/2006年
  • 製作国/イギリス
  • 上映時間/102分
  • ジャンル/青春、SF
STAFF
  • 監督/ショーン・エリス
  • 脚本/ショーン・エリス
  • 製作/ショーン・エリス、レネ・バウセガー
  • 撮影/アンガス・ハドソン
  • 音楽/ガイ・ファーレイ
  • 編集/ネーナ・デーンヴィック
  • 美術/モーガン・ケネディ
  • 衣装/ヴィッキー・ラッセル
CAST
  • ショーン・ビガースタッフ
  • エミリア・フォックス
  • ショーン・エヴァンス
  • ミシェル・ライアン
  • スチュアート・グッドウィン
  • マイケル・ディクソン
  • マイケル・ラムバーン
  • マーク・ピッカリング
  • フランク・ヒスケス
FILMOGRAPHY