『突破口!』(1973年/ドン・シーゲル)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『突破口!』(原題:Charley Varrick/1973年)は、ドン・シーゲル監督がウォルター・マッソーを主演に迎え、マフィアの隠し金を強奪した男の逃走劇を描いたクライム・アクション。喜劇役者のイメージを排したマッソーが、冷徹な知略で組織の追手や殺し屋を翻弄する「最後の一匹狼」を体現する。70年代アメリカの乾いた空気感の中、ビジネス的に行使される暴力と、航空機を用いた独創的なクライマックスが高く評価されている。
喜劇役者の仮面を脱ぎ捨てた、最後の一匹狼
ドン・シーゲル監督の『突破口!』(1973年)の何が凄いって、主人公のチャーリー・バリックを演じているのが、あのウォルター・マッソーだということだ。
ジャック・レモンと名コンビを組んだ『恋人よ帰れ!わが胸に』(1966年)や『おかしな二人』(1968年)、後年の『ラブリー・オールドメン』(1993年)など、誰もが愛する人の良いおじさんにしてコメディ映画の絶対的アイコン。そんな彼が、本作では一切のユーモアを排し、冷徹に生存確率だけを計算するマキャベリストの銀行強盗を貫禄たっぷりに演じきっているのだ!
物語は、のどかで牧歌的なニューメキシコの田舎町から幕を開ける。平和なオープニング・クレジットの空気を切り裂くように、突如として銀行を舞台にした無慈悲な銃撃戦が勃発。この一切の感傷を挟まない暴力への急転直下な急加速こそが、B級アクションの神様ドン・シーゲル監督の真骨頂である。
チャーリー率いる強盗団は、しがない田舎の銀行から小銭を掠め取るつもりだったが、金庫からふんだくったのはなんと75万ドルという大金。それは絶対に手を出してはいけない、マフィアの裏金だったのだ。
「ヤバい金に手を出してしまい、組織から執拗に追われる羽目になる」というこの巻き込まれ型の絶望的展開。チャーリーは愛する妻を逃走中の銃撃で失いながらも、涙を見せることなく即座に死体を燃やして証拠隠滅を図る。
お茶の間の人気者ウォルター・マッソーが、自らを「最後の一匹狼(Last of the Independents)」と称し、感情を完全にシャットアウトして知略の限りを尽くすその姿は、背筋が凍るほどの凄みと圧倒的なハードボイルドの美学に満ちている。
白日の下に晒される暴力と不条理
奪った金がマフィアのもので、凄腕の殺し屋がどこまでも追ってくる……。このストーリーラインは、コーエン兄弟がアカデミー賞を総なめにした現代のマスターピース『ノーカントリー』(2007年)と完全に一致する、いわば原液にして偉大なる先駆的テクストなのだ。
しかし、コーエン兄弟が一切の希望を排し、鋭利なカミソリのごとくソリッドで冷徹な哲学的ホラーとしてあの物語を語り切ったのに対し、ドン・シーゲルの『突破口!』は、西部のどこか垢抜けない、土埃にまみれたノンビリしたタッチで描かれている。
その牧歌的な狂気を一身に体現しているのが、マフィアから差し向けられた凄腕の殺し屋・モリーを演じるジョー・ドン・ベイカーの存在だ。でっぷりとしたプロレスラーのような巨体に、カントリー調の服装、パイプをくゆらせる赤ちゃんのような童顔。
どう見ても、人の良さそうなテキサスのおじさんにしか見えない彼が、笑顔のまま平然と人間の骨を折り、邪魔者を躊躇なくブチ殺していくのである!
そりゃまあ、『ノーカントリー』でハビエル・バルデムが演じた、あのオカッパ頭の超鬼畜アサシン(アントン・シガー)の死神っぷりと比較してしまえば、モリーは甘口に見えるかもしれない。
だが、太陽がギラギラと照りつける明るい日常風景の中で、ビジネスのように淡々と、そして確実に暴力が行使されていくシーゲル的リアリズムの恐怖は、決してシガーに引けを取らない。
マフィアの「企業的論理」と、殺し屋の「暴力」、そしてチャーリーの「個人の知恵」。この三つ巴の戦いが、カラッカラに乾いた70年代アメリカの荒野で繰り広げられるというシチュエーション自体が、もはや奇跡的な映画的カタルシスを生み出している。
狂気の連続性と、完璧すぎるB級アクションの終幕
そして、この抑制の効いたサスペンス劇の中で、一番の狂気を放ちまくっているのが、チャーリーの相棒ハーマンを演じたアンディ・ロビンソンだろう。
ドン・シーゲルの代表作『ダーティハリー』(1971年)で、伝説のサイコパス殺人鬼スコルピオを演じた、あの人である。この映画でも、金に目が眩み、チャーリーの忠告を無視して暴走する、とんでもなく頭の悪いチンピラを嬉々として演じている。
彼の瞳の奥には、スコルピオをそのまんま引きずってきたような、ナチュラル・ボーン・サイコな光が爛々と輝いている。緻密な頭脳戦を描いた『突破口!』の静かなトーンの中で、このハーマンという制御不能なノイズの存在は、映画に極めて異物的な緊張感をもたらす。
終盤で彼がモリーによって容赦なく惨殺されるカットは、映画のトーンを一気にドス黒く変質させるほどに異様な迫力に満ちているではないか。これもまた、暴力の痛みを決して美化しない、ドン・シーゲルという作家のブレない冷徹さの証明だ。
クチャーリーの生業である農薬散布用のオンボロ複葉機を使った、殺し屋モリーとの一騎打ちのシークエンスは、本物のスタントによる異常な熱量に満ちている。そして、すべての敵を欺き、己の死すらも偽装して、まんまと75万ドルを持って歩き去るチャーリーの完璧すぎる幕引き!
正義も道徳もクソくらえ。頭の回る奴だけが最後に笑うという、この徹底的にシニカルで乾ききったエンディングこそが、1970年代アメリカン・ニューシネマの裏街道を疾走した、B級クライム・アクションの到達点なのだ。
- 監督/ドン・シーゲル
- 脚本/ハワード・ロッドマン、ディーン・リーズナー
- 製作/ドン・シーゲル
- 制作会社/ユニバーサル・ピクチャーズ
- 原作/ジョン・リーズ
- 撮影/マイケル・C・バトラー
- 音楽/ラロ・シフリン
- 編集/フランク・モリス
- 美術/フェルナンド・カレレ
- 衣装/ヘレン・コルヴィッグ
- ボディ・スナッチャー/恐怖の街(1956年/アメリカ)
- 真昼の死闘(1970年/アメリカ、メキシコ)
- ダーティハリー(1971年/アメリカ)
- 突破口!(1973年/アメリカ)
- アルカトラズからの脱出(1979年/アメリカ)
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