『Mr.&Mrs. スミス』(2005)
映画考察・解説・レビュー
『Mr.&Mrs. スミス』(2005年)は、ダグ・リーマン監督が、互いに正体を隠したまま暮らす夫婦が実は別々の組織に属する暗殺者だったという設定で描いたアクション作品。倦怠期を迎えたジョン(ブラッド・ピット)とジェーン(アンジェリーナ・ジョリー)は、ある任務をきっかけに互いを排除するよう命じられ、日常と秘密が激突する危機へ追い込まれていく。戸惑いと衝突が重なる中で、二人は結婚生活と任務の狭間で揺れ、自分たちの関係の真実と向き合わざるを得なくなる。
夫婦喧嘩という寓話
夫婦喧嘩というモチーフを、喜劇的題材として描いた映画史は古い。アルフレッド・ヒッチコックが唯一のラブコメ作品『スミス夫妻』(1941年)で、倦怠と誤解が織りなす男女のすれ違いを軽妙に演出したように、結婚という制度の内部に潜む愛の不条理は、長らくコメディの豊潤な鉱脈であり続けた。
ダニー・デヴィートは、『ローズ家の戦争』(1989年)で結婚生活を戦争にたとえ、破壊的なブラックユーモアで描いたが、『Mr.&Mrs. スミス』(2005年)は、そのモチーフをついにアクション映画へと拡張してみせた。愛と戦闘。性愛と暴力。人間の二つの原初的衝動がここで融合する。
ジェームズ・キャメロンの『トゥルーライズ』(1994年)が、“夫はスパイ”という一方向的欺瞞を軸にしていたのに対し、本作は“互いにスパイ”という相互的欺瞞の構造を取る。
慎ましい夫婦の正体が、実は敵対組織に属する二人のヒットマン──という設定は、単なるスパイ映画の枠を超え、婚姻制度そのものを暴力的な契約関係として可視化する。
組織から「互いに48時間以内に相手を殺せ」と命じられる展開は、愛の裏返しとしての憎悪を劇的に誇張する仕掛けだ。リーマン監督は、夫婦喧嘩を銃撃戦に転化させることで、「愛とは破壊の形をしたコミュニケーションである」という倒錯した命題をスクリーンに刻印した。
フェロモンの演出学──ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー
この映画の本質はストーリーにはない。ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーという、当時世界で最も“性的記号化”された二人のスターを、真正面から激突させることにある。
互いを殺そうとする暴力のエネルギーが、そのまま性愛のエネルギーへと転化していく過程こそが、映画の中心。拳銃を構え、銃口を突きつけ合う構図が、やがて情交のポーズに重なっていく演出は、まさに〈エロス=タナトス〉の視覚化だ。
愛も憎悪も、究極的には同じ力学で駆動している。そうした哲学的含意が、アクションの快楽と共謀して観客を魅了する。
当初はニコール・キッドマンがオファーされていたという事実も興味深し。彼女が演じていれば、この作品はより心理劇的・冷徹な方向に傾いたはずだ。
だが、アンジェリーナ・ジョリーの存在がもたらしたのは、理屈を超えた生理的磁力。彼女の肉体は演技以前に“視覚的衝撃装置”として機能し、ブラピとの接触そのものが映像のエロティシズムを構築している。これは演出というより、キャスティングによる映画の自己生成だ。
終盤、組織との全面戦争に突入した二人は、もはや愛と暴力の境界を喪失している。二丁拳銃を構え、敵を撃ち倒す二人の姿は、明らかに『明日に向って撃て!』(1969年)のボニー&クライド神話を反復している。
恋人同士の共滅、愛の末路としての死の瞬間。それこそがニューシネマの倫理だった。だが『Mr.&Mrs. スミス』では、その“死”は決して訪れない。代わりに、セラピー・ルームで穏やかに座る夫婦の姿が提示され、アメリカ的ハッピーエンドへと回収されてしまう。
この不徹底こそが、作品を凡庸にしている。死を受け入れずして愛の真実を描くことはできない。ニューシネマの反逆精神を模倣するだけで終わったこの幕切れは、ダグ・リーマンの安全志向の象徴といえる。
メタ映画としての“リアル夫婦”
本作最大の皮肉は、フィクションが現実を侵食した点にある。撮影をきっかけにブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーが実際に恋に落ち、当時の妻ジェニファー・アニストンとの結婚が破綻したことは周知の通りだ。
『Mr.&Mrs. スミス』は、まさに現実世界で“夫婦関係を破壊した映画”として映画史に刻まれた。彼らの関係は2014年に正式な婚姻へと昇華するが、2016年には離婚に至る。映画の物語を現実が反復したというより、むしろ映画そのものが彼らの人生を脚本化したのだ。
ダグ・リーマンの演出は決して洗練されていない。だが、映画外のスキャンダルがフィクションを超えて観客の記憶に刻印された時、『Mr.&Mrs. スミス』は奇妙なメタ映画へと変貌した。
愛も結婚も暴力も──それらはどれも同じ“ゲーム”のルールの中に存在する。映画の中で撃ち合った夫婦は、現実でも互いを撃ち合い、そして散った。
その意味で、この作品はハリウッド的ロマンスの末期症状であり、愛という虚構を演じることの残酷さを、最も美しく証明した映画なのである。
- 原題/Mr. & Mrs. Smith
- 製作年/2005年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/120分
- ジャンル/アクション
- 監督/ダグ・リーマン
- 脚本/サイモン・キンバーグ
- 製作/ルーカス・フォスター、アキバ・ゴールズマン、エリック・マクレオド、アーノン・ミルチャン、パトリック・ワックスバーガー
- 製作総指揮/エリク・フェイグ
- 撮影/ボージャン・バゼリ
- 音楽/ジョン・パウエル
- 美術/ジェフ・マン
- 衣装/マイケル・カプラン
- SFX/ケヴィン・イーラム
- ブラッド・ピット
- アンジェリーナ・ジョリー
- ヴィンス・ヴォーン
- アダム・ブロディ
- ケリー・ワシントン
- キース・デヴィッド
- クリス・ウェイツ
- レイチェル・ハントリー
- ミシェル・モナハン
- ステファニー・マーチ
- ジェニファー・モリソン
- Mr.&Mrs. スミス(2005年/アメリカ)
- オール・ユー・ニード・イズ・キル(2014年/アメリカ)
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