『ライトハウス』(2019)
映画考察・解説・レビュー
『ライトハウス』(原題:The Lighthouse/2019年)は、鬼才ロバート・エガース監督が、35mm白黒フィルムとヴィンテージレンズを駆使し、1.19:1という窒息しそうなアスペクト比の中に人間の原罪と狂気を封じ込めたスリラー。若き灯台守ウィンズロー(ロバート・パティンソン)が、老練な上司ウェイク(ウィレム・デフォー)との密室生活の中で、自らの過去と、深淵に潜む欲望に侵食されていく。
正方形の檻に閉じ込められた、ムルナウとラングの亡霊
『ライトハウス』(2019)のアスペクト比は、ほぼ正方形に近い1.19:1。これは1920年代後半から30年代初頭、映画がサイレントからトーキーへと移行する過渡期に一瞬だけ存在した、極めて特殊な画角である。
ロバート・エガース監督と撮影監督のヤリン・ブラシュケは、もちろん単なる懐古趣味でこの比率を選んだわけではない。彼らは、逃げ場のない孤島という閉鎖空間と、そこにそびえ立つ灯台の垂直性を強調するために、この狭苦しい画角を必要としたのだ。
この「正方形の檻」の中に閉じ込められた二人の男は、どんなに動き回ってもフレームの端にぶつかり、常に圧迫されている。この物理的な息苦しさこそが、観客を狂気へと引きずり込むための最初の拷問器具となる。
映像の質感も異常だ。エガースは現代のデジタルカメラではなく、モノクロの35mmフィルム(Eastman Double-X 5222)を使用し、さらにレンズには1930年代から40年代に製造されたBaltarレンズを採用した。
しかも、サイレント映画時代のオルソクロマチック・フィルム(青色に強く感光し、赤色を感じない)の質感を再現するために、特注のシアン・フィルターを装着して撮影を敢行。
これにより、俳優たちの肌の赤みは黒く沈み、顔のシミやシワ、毛穴の一つ一つが、まるで木彫りの彫刻のように深く、禍々しく強調されることになる。
その結果生まれた映像は、F.W.ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922年)や、フリッツ・ラングの『M』(1931年)といったドイツ表現主義の亡霊そのもの。
極端なコントラスト、顔に刻まれた深い影、そして歪んだパースペクティブ。黒と白の階調だけで描かれた嵐の海は、カラー映像よりも遥かに恐ろしく、神話的な威圧感を放つ。
エガースは、映画というメディアがまだ見世物小屋の怪しさや、銀塩写真の呪術性を持っていた時代の空気を、最新の技術と狂気的なリサーチによって、21世紀に完全蘇生させてしまったのである。
ベルイマン的密室劇と屁の闘争
この映画の本質は、イングマール・ベルイマンの『仮面/ペルソナ』(1966年)や『狼の時刻』(1968年)を思わせる、極限状態のマウント闘争。そして同時に、ウィレム・デフォーとロバート・パティンソンという、二つの異なる演技メソッドの衝突実験でもある。
ここでのデフォーは、まるでハーマン・メルヴィルの小説から抜け出してきた“海の魔物”のよう。19世紀の船乗り言葉(ダイアレクト)を操り、シェイクスピア劇のような演劇的な発声で若者を罵倒し、灯台の光を独占する。
対するパティンソンは、過去に殺人の秘密を抱え、性的な鬱屈と労働の疲労で今にも爆発しそうな若者を演じる。彼はメソッド演技的に役に入り込み、撮影前に回転して平衡感覚を失わせたり、石を靴に入れたりして、生理的な苛立ちを画面に焼き付けたという。
二人は酒を飲み、踊り、殴り合い、そして抱き合う。ここで特筆すべきは、エガース監督がこの高尚な心理劇/神話劇の中に、大量の放屁と排泄という、スカトロジー要素をブチ込んできたことだ。
デフォー演じる老人は、とにかく屁をこく。そのブーッという下品な音と、パティンソンが顔をしかめる臭」の描写が、緊張感あふれる画面を台無しにし、滑稽なまでのリアリズムを突きつける。
これは、スタンリー・キューブリック的な完璧主義の狂気の中に、人間のどうしようもない生理現象を異物として混入させる、確信犯的な演出だ。どんなに神々しい光を求めても、人間はクソと小便と屁の袋に過ぎない。
高貴な神話的モチーフと、最低の下ネタ。この振幅こそが、観客の理性を揺さぶり、笑いと恐怖の境界線を溶解させる。そこには、ホモソーシャルな空間特有の、暴力とエロスが紙一重になった、濃密な湿度が漂っている。
プロメテウスの火とラヴクラフト的狂気
物語の核心にあるのは、ギリシャ神話の「プロメテウス」であるとエガース自身が語っている。
デフォー演じるトーマスは、海神ポセイドンに仕える老人プロテウスだ。彼は海を知り尽くし、予言めいた言葉を吐き、灯台という神殿の番人として君臨する。
一方、パティンソン演じる若者は、神から火を盗もうとするプロメテウスだ。彼は灯台の最上部にある光を見ることを禁じられているが、その光に対して異常なまでの執着、あるいは性的な渇望を見せる。彼にとって光とは、知識であり、権力であり、女陰や母胎のメタファーなのだ。
ラストシーン、カモメに内臓をついばまれるパティンソンの姿は、プロメテウスがゼウスの怒りに触れ、岩に縛り付けられて肝臓を鷲に食われる神話画そのものだ。
しかし、この映画が単なる神話の再現に留まらないのは、そこにH.P.ラヴクラフト的なコズミック・ホラーの視点が注入されているから。
彼らが対峙しているのは、人間には理解不能な“何か”だ。灯台の光の中に見たものは、救済なのか、それとも発狂するほどの虚無なのか。エガースは明確な答えを出さない。ただ、精神を削り取るような霧笛の轟音(サウンドデザインもまた素晴らしい!)と、回転するレンズの幻惑的な光だけが残る。
『ライトハウス』は、男根中心主義的な権力闘争の果てにある自滅を描ききった、キテレツ・ムービーである。それは、男たちが作り上げた男らしさという塔が、自らの重みに耐えきれずに崩壊していく様を見せつけられる体験だ。
ロバート・エガース。この男が、現代映画界において、最も信頼できる狂気のアーキビストであることは間違いない。
- 監督/ロバート・エガース
- 脚本/ロバート・エガース、マックス・エガース
- 製作/ロドリゴ・テイシェイラ、ジェイ・バン・ホイ、ロバート・エガース、ロウレンソ・サンターナ、ユーリー・ヘンリー
- 製作総指揮/アーノン・ミルチャン、ヤリフ・ミルチャン、マイケル・シェイファー、クリス・コロンバス
- 撮影/ジェアリン・ブラシュケ
- 音楽/マーク・コーヴェン
- 編集/ルイーズ・フォード
- 美術/クレイグ・レイスロップ
- 衣装/リンダ・ミューア
- ライトハウス(2019年/アメリカ、ブラジル)
- ノースマン 導かれし復讐者(2022年/アメリカ)
- ノスフェラトゥ(2024年/アメリカ、チェコ)
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