マンガコラムニストの夏目房之介は、『北斗の拳』に関して、「どんな残虐描写も、残虐ではなく爽快に見えてしまう。このマンガは内面に引き込むということをしないからだ」と語っていたが、全くもって宜なるかな。
「ひでぶっ!!」とか「あべしっ!!」と絶叫しながらザコキャラが肉体破裂する瞬間、我々は死に対する恐怖ではなく、ある種の快感を覚えつつ嬉々としてページを捲る。
オーディエンスをある心理へ誘導するには、作り手はまず登場人物への同一化をはからなければならないのだ。
サスペンス映画の古典とも称される『恐怖の報酬』において、“油井の火事を鎮火するために、ニトログリセリンをトラックで運搬する”というメインプロットが起動するのは、何と開巻1時間後である。
まず描かれるのは、世界各国から集まってきた食いつめ者達のどん底の生活。登場人物たちへ心理的にシンクロできる下地をきっちりと作り込むことによって、後半のサスペンスが駆動する仕掛けになっている。
もちろん“フランスのヒッチコック”の異名をとったアンリ・ジョルジュ・クルーゾーだけあって、そのサスペンス描写も的を外さない。下記にその一端を挙げてみよう。
- 後続のトラックに追突されるかもしれない状況で、ビンバがハーモニカを吹く(緊迫した状況との対比)
- 崖の中腹に突き出た吊棚の上を運転する時、ジョーが腐った木板にナイフを突き刺して「まるでスペンジだ」と叫ぶ(危機的状況の説明)
- ビンバにニトログリセリンを渡すとき、ルイジが軽く咳をする(サスペンスの増幅)
- ジョーが巻いたタバコの葉が飛ぶことによって、ビンバ、ルイジが乗ったトラックの爆破を示唆(サプライズ効果)
うーん、ナイスですねー、ブリリアントですねー。ジョーをトラックで轢いてしまったかと思ったマリオが吊棚からジャンプするシーンで、カメラを真下に据えて吹き上がる砂塵をダイナミックに捉えるなど、充分現在でも通用するコンテンポラリーなショットも満載。
後年ロイ・シャイダー主演で製作されたリメイク版と比較すれば、本家のダイナミックな作劇術がいかに優れているかがお分かりいただけると思う。
これが映画初主演となる、イヴ・モンタンのワイルドな魅力についての言及は割愛するとして、本作の紅一点であるヴェラ・クルーゾーについて少し。
彼女、アンリ・ジョルジュ・クルーゾーのワイフでもあるのだが、とにかく喜怒哀楽の表情の落差がすごい!途中で女優が入れ替わったか、もしくは整形手術したのかと思うくらいのギャップである。
意外に短足だしプロポーション的には決して誉められたバディではないが、初っ端から巨乳をふりまいて床を洗うシーンなど、サービスショットもアリ。女優とはかくあるべし。
- 原題/Le Salaire de la peur
- 製作年/1953年
- 製作国/フランス、イタリア
- 上映時間/131分
- 監督/アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
- 原作/ジョルジュ・アルノー
- 脚本/アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
- 台詞/アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
- 撮影/アルマン・ティラール
- 音楽/ジョルジュ・オーリック
- セット/ルネ・ルヌー
- イヴ・モンタン
- シャルル・ヴァネル
- ヴェラ・クルーゾー
- フォルコ・ルリ
- ペーター・ファン・アイク
- ウィリアム・タッブス
- ダリオ・モレノ
- ヨー・デスト
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