何よりもまず“官能性”に比重を置いた、ボンド映画の異色作
告白すると、僕は007シリーズに関しては半童貞状態である。初期の若ハゲ・コネリー主演作品は何本か観たものの、ロジャー・ムーア、ティモシー・ダルトンは完全スルー状態。にも関わらず、この『スカイフォール』(2012年)は公開初日にいそいそと観に行ってしまった。
もちろん、予告編がハンパなく期待感をアオる出来だったとか、本国イギリスでの前評判も上々だったというのも理由だが、おっそろしいまでに豪華すぎるスタッフ陣容にシビれてしまったんである。
監督は、『アメリカン・ビューティー』(1999年)でアカデミー賞を受賞したサム・メンデス。その盟友であるハワード・ニュートンが音楽を担当。撮影は、コーエン兄弟作品を数多く手掛ける巨匠ロジャー・ディーキンス。
主題歌は若きグラミー・ウィナーの歌姫アデル。敵役フランク・シルヴァを演じるのがハビエル・バルデム。レイフ・ファインズ、アルバート・フィニーといった名優も脇役で出演。グレート・ブリテンの国民的映画を復権するにあたって、これでもか!という超豪華メンツを揃えているのだ。
『ロード・トゥ・パーディション』(2002年)が今ひとつパッとしなかったこともあって、活劇映画は不得手と思われていたサム・メンデスだが、『スカイフォール』では冒頭からアクションのつるべ打ち。カーチェイスあり、バイクチェイスあり、そして列車での格闘あり。
正直言ってどのシーンも、どっかで観たようなデジャヴ感漂うものばかりなれど、007発のアクションが『インディ・ジョーンズ』、『ボーン・アイデンティティー』、『ミッション・インポッシブル』シリーズを経由してブロウアップされ、それがまた本家本元にリターンしたと考えれば、偉大なるスパイ・アクション映画の回帰宣言と受け止めてよろしいのではないか。
事実、この『スカイフォール』はグッド・オールド・デイズなテイストが濃厚。トム・フォードによる極上スーツに身を纏ったジェームズ・ボンドは、どんな危機的状況に陥っても上品な身のこなしをキープ。
Qから渡されるのは彼の代名詞ワルサーPPKだし、終盤には愛車アストンマーチンも登場。ジェームズ・ボンドが己の過去と正対する「地獄巡り」的内容だけに、原点回帰は必須命題だったのだろう。
もうひとつこの映画で特徴的なのが、Mの立ち位置。ボンドガールのセヴリンがあっさり殺されてしまうのは正直アセったが、M自身がこの作品のボンドガールと考えれば辻褄があう。
過去あまたのグラマラス美女がスクリーンを彩ってきたが、ジュディ・デンチは年季の入った母性でジェームズ・ボンドとシルヴァを虜にする。
彼女はふたりにとっての代理母的存在。しかし、組織のためなら容赦なく子供たちを切り捨てる鬼ママでもある。
ボンドはそんなMを容認するが、ラウル・シルヴァは愛しさあまって憎さ百万倍となり、彼女を執拗につけねらう。『スカイフォール』は二人の子供たち(映画内ではネズミと表現されているが)による、母をめぐる闘争物語なのだ。
シルヴァを演じるハビエル・バルデムは、コーエン兄弟の『ノーカントリー』(2007)で演じたアントン・シガー役をさらにブロウアップさせた強烈キャラで、母を巡る物語に強烈なスパイスを利かせる。
彼が義歯を外したときの、顔面衝撃度ったら!!それでいて優れた知性を併せ持つキャラ設定というのが、タマらない。
拘束具に身を包んだ彼の姿は、完全に『羊たちの沈黙』(1991年)のハンニバル・レクターだったりするが、この「知的猟犬」とも言うべき人物造形は、クリストファー・ノーランの『ダークナイト』(2008年)以降の雛形だろう。
しかしながら、『スカイフォール』は完全無欠な映画ではない。ことストーリーテリングに関しては、相当に論理的飛躍と説明不足に満ちている。この映画が初見で完全に理解できる御仁は、神レベルで洞察力に優れた人物だろう。例えば、僕は下記がどーしても分からなかった。
- マカオの構想ビルでフランス人傭兵パトリスが何者かを暗殺するが(モジリアーニか何かの絵画に見とれていたが、何のメタファーだ?)、それが誰でなぜ殺されるのかが判然とせず、傍らにいたイヴの役割も謎!
- 軍艦島に向かうとき、なぜかボンドが丸腰で堂々と船先に登場し、あっさり捕まってしまうのが謎!作戦の一環だったとしても、そのせいでイヴが命を落としてしまう!
- シルヴァがMI6にわざと捕まる理由が謎!一応MI6のデータベースをハッキングすることが理由だったらしいが、そのわりには驚くほど少人数で査問委員会に奇襲をかけるという、頭の悪い行動に出ている!
- スカイフォールに向かうとき、シルヴァを相手に大立ち回りを演じることが分かっているにもかかわらず、銃器の準備が不十分すぎるのが謎!
小道具の使い方も巧くない。指紋認識型ワルサーは結局一発の銃弾も撃つことなくその役割を終えるのだが、Qが銃を差し出すときのフリで先が読めてしまう。
小屋管理人のキンケイド(正直このキャラクターもいまひとつ良く分からなかった・・・)が「最後に頼りになるのはこれだ」と差し出すナイフも、これがシルヴァにトドメを刺す武器であることが丸わかり。細かいディティールまで気が配られていない印象なのだ。
そんな少なからぬ瑕疵もかすんでしまうくらい、サム・メンデスによる絵作りはグラフィカルで陶酔的。ジェームズ・ボンドというポップ・アイコンを2012年現在に描くにあたり、何よりもまず「官能性」に比重を置いたのは、非常に賢い計算だったんではないか。
死の匂いが濃厚に漂うアヴァンタイトルや、巨大液晶スクリーンをバックにシルエットのボンドが戦うシーン、船先に立ってマカオのカジノに向かうシーンと、今思い出してもゾクゾクする映像的美観に満ちている。
特に僕がシビれたのは、軍艦島で捉えられたボンドの元に、ハビエル・バルデムが近寄ってくるシーンの長回し。こういう映像を見せられると、文句なしに嬉しくなってしまう。
どう考えても脚本にアラは多い。伏線の張り方もうまくない。それでもなお『スカイフォール』は、”官能性”という007の最大にして最良の武器を全面に押し出した結果、芳醇でほのかな渋みのある極上ワインのごとく、奥深い味わいをもたらしてくれている。ジェームズ・ボンドは新たな血肉を得て、完全復活を果たしたのだ!!
…余談だが、妙にダニエル・クレイグ演じる007が弱々しくみえるのは、元カノのレイチェル・ワイズを彼に娶られたサム・メンデスの腹いせか?
- 原題/Skyfall
- 製作年/2012年
- 製作国/イギリス、アメリカ
- 上映時間/142分
- 監督/サム・メンデス
- 製作/バーバラ・ブロッコリ、マイケル・G・ウィルソン
- 製作総指揮/カラム・マクドゥガル、アンソニー・ウェイ
- 原作/イアン・フレミング
- 脚本/ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、ジョン・ローガ
- 撮影/ロジャー・ディーキンス
- 衣装/ジェイニー・ティーマイム
- 編集/スチュアート・ベアード
- 衣装/ジェイニー・ティーマイム、トム・フォード
- 音楽/トーマス・ニューマン
- ダニエル・クレイグ
- ジュディ・デンチ
- ハビエル・バルデム
- レイフ・ファインズ
- ナオミ・ハリス
- ベレニス・マーロウ
- アルバート・フィニー
- ベン・ウィショー
- ロリー・キニア
- オーラ・ラパス
- ヘレン・マックロリー
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