『007 スカイフォール』(2012年/サム・メンデス)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『スカイフォール』(原題:Skyfall/2012年)は、ダニエル・クレイグがジェームズ・ボンドを演じるシリーズ第23作であり、シリーズ生誕50周年の節目に制作された記念碑的作品。監督には『アメリカン・ビューティー』(1999年)のサム・メンデスが起用された。トルコのイスタンブールでの任務中に消息を絶ったジェームズ・ボンドは、MI6本部へのサイバー攻撃を機に復帰。上官M(ジュディ・デンチ)に対して異常なまでの憎悪を抱く元MI6のエージェント、ラウル・シルヴァ(ハビエル・バルデム)の陰謀に立ち向かう。シリーズで初めて世界興行収入が10億ドルを突破するなど、批評・興行の両面で高い評価を得た。
- 第85回アカデミー賞:音響編集賞、歌曲賞
- 第18回放送批評家協会賞:アクション映画賞、主演男優賞(アクション部門)
- 第86回キネマ旬報(外国映画):第6位
- 2012年度映画秘宝:第4位
007生誕50周年の重圧とサム・メンデスの参戦
2010年代初頭、007シリーズは大きな危機に直面していた。
製作元であるMGMの経営破綻による制作中断。世界中のファンが不安視する中、シリーズ50周年という記念すべき年に登板したのが、『アメリカン・ビューティー』(1999年)でアカデミー賞を制した知性派、サム・メンデス監督だった。
彼が持ち込んだのは、それまでのボンド映画には希薄だった「喪失」と「家族」という重厚なテーマ。そこに、現代映画界最強の撮影監督ロジャー・ディーキンスと、圧倒的な歌唱力を誇るアデルによる主題歌が加わった。
まさに英国の誇りを結集させた究極の布陣。彼らが挑んだのは、半世紀続いた様式美を一度完全に破壊し、ダニエル・クレイグという肉体を通じて「ボンドとは何者か」という根源的な問いに答えることだった。
物語はトルコのイスタンブール、潜入中のNATOのエージェントリストが奪われるという最悪の事態から幕を開ける。MI6の存続を揺るがす危機。ボンドはリストを取り戻すべく決死の追跡劇を繰り広げるが、上司Mの下した非情な命令によって、味方であるイヴの放った弾丸を受け、谷底の急流へと落下。公式に「死亡」と記録される。
しかし、ロンドンにあるMI6本部が爆破テロに遭い、Mの権威が失墜したとき、死の淵から幽霊のようにボンドが帰還する。犯人は、かつてMに見捨てられ、深い憎悪を抱く元エージェントのラウル・シルヴァ。彼は最新のサイバーテロを駆使し、Mの過去の「罪」を白日の下に晒そうと執拗に追い詰めていく。
ボンドは、かつてマカオで出会った薄幸の美女セヴリンから情報を引き出し、廃墟の島デッド・シティへと乗り込むが、そこにはシルヴァが仕掛けた巧妙な罠が待ち受けていた。
窮地に立たされたボンドは、ハイテクに頼る現代の戦いではなく、自らの「原点」であるスコットランドの生家、スカイフォール邸へとMを連れ出し、原始的な決戦を挑むことになる。
「狂気の母性」が激突するスパイ映画の突然変異
本作の最大の異常性は、ジュディ・デンチ演じるMを物語の絶対的な中心に据え、彼女を「国家」であり「冷酷な母」として屹立させた点にある。
Mは組織の目的のためなら、愛情を注いだ部下であっても躊躇なく切り捨てる鬼ママ。ボンドは冒頭で彼女の命令によって誤射され、見捨てられたにもかかわらず、選ばれた長男としてどこまでも忠誠を誓い続ける。
対するハビエル・バルデム演じる元エージェントのシルヴァは、かつてMに裏切られ、見捨てられ、シアン化水素で顔面を崩壊させられた捨てられた次男である。この映画は、スパイ映画のフォーマットを借りただけの、Mという名の母の愛を巡る血みどろの兄弟喧嘩なのだ!
シルヴァの行動原理はすべて「ママにもう一度振り向いてほしい」という痛切なマザーコンプレックスに貫かれている。『ダークナイト』(2008年)のジョーカーが純粋なカオスの体現者だったのに対し、シルヴァには人間的で生々しい弱さがある。
だからこそ、彼の狂気は観る者の胸を不気味に締め付ける。過去の因縁を精算し、新たな神話を立ち上げようとするサム・メンデスの演劇的かつ重厚な手腕が、すべてのキャラクターに深い陰影を与えているのだ。
光と影の魔術がねじ伏せる圧倒的な映像体験
物語を追っていくと、確かにリアリティラインにおいて首を傾げたくなる展開がいくつか存在する。マカオの高層ビルでの暗殺シーンや、軍艦島でボンドが丸腰で現れてあっさり捕まる展開、シルヴァのMI6本部襲撃の場当たり感など、サスペンスとしての論理的なツッコミどころは否めない。
だが!そのプロットの穴を、暴力的なまでの美しさで完全に埋め尽くし、観客を力技でねじ伏せてしまうのが、撮影監督ロジャー・ディーキンスがもたらした「映像の官能」なのだ。
上海の摩天楼で、青いネオンの光とガラスの反射が幾何学的に交錯する中、一切のセリフなしで繰り広げられるシルエット・ファイト。暗殺者の背後に飾られている絵画は、2010年にパリ市立近代美術館から実際に盗まれたアメデオ・モディリアーニの『扇子を持つ女』であり、美術界への皮肉を込めたブラック・ジョークとして見事に機能している。
軍艦島の廃墟の中をシルヴァが長回しでねっとりと近づいていく息を呑むような空間設計。ディーキンスのカメラは、光と影をまるで彫刻のように操り、スパイ映画のアクションを崇高な映像芸術へと強制的に昇華させてしまった。
サム・メンデスは、派手な爆発よりも人間の内面が剥き出しになる「静寂」を撮ることに長けた作家だ。そこにディーキンスの完璧に計算されたフレーミングが加わることで、観客はただ陶酔し、ひれ伏すしかなくなる。
脚本のロジックを超越してでもこの官能的な映像美を追求したことこそが、本作が特異な傑作として君臨し続けている最大の理由なのだ。
ハイテクの放棄と「肉体の痛み」による原点回帰
この映画が提示した「原点回帰」と「再生」のメッセージは、単に過去の小道具を引っ張り出してきただけという安易なものではない。
Qから渡されるのは、指紋認証型のワルサーPPKと小型発信機だけ。「爆発するペンはお望みですか?」と若きQに鼻で笑われる通り、かつてシリーズの代名詞だった荒唐無稽なハイテク・ガジェットは、ここでは完全に無効化されている。
中盤で登場する伝家の宝刀アストンマーティンDB5も、最終的にはシルヴァの攻撃によって無惨にハチの巣にされ、木っ端微塵に破壊されてしまう。過去の栄光の象徴は、ここで一度完全に葬り去られなければならなかったのだ。
クライマックスの舞台となるボンドの実家、スカイフォール。あそこには最新鋭のセキュリティも、MI6のバックアップも一切存在しない。ボンド、M、そして猟場管理人のキンケイドという三人の老いぼれたちが、ショットガンとガスボンベを使った即席のトラップだけで、最新鋭の武装ヘリを擁するシルヴァの傭兵部隊を迎え撃つ。
ボンドは最新のテクノロジーに頼ることを放棄し、泥にまみれ、血を流し、極寒の氷の湖に叩き落とされながら、「生身の肉体の痛み」だけを武器にして戦い抜く。
キンケイドが差し出した、猟銃やナイフといった原始的な武器で決着をつけることにこそ、この映画の真のテーマが隠されている。巨大な組織の力でもなく、ハイテクの力でもなく、個人の肉体と意志の力だけで悪を討ち果たす。
すべてを失い、母であるMを看取ったボンドは、この泥臭い通過儀礼を経てようやく過去の呪縛から完全に解き放たれ、真の意味での「ダブルオー」として再生を果たす。
『007 スカイフォール』は、神話的なポップ・アイコンを一度徹底的に破壊し、人間の血と汗と泥で再構築してみせた、痛ましくも美しいフィルムなのだ。
参考文献・出典
- 監督/サム・メンデス
- 脚本/ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、ジョン・ローガン
- 製作/バーバラ・ブロッコリ、マイケル・G・ウィルソン
- 製作総指揮/カラム・マクドゥガル、アンソニー・ウェイ
- 制作会社/イーオン・プロダクションズ、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー、コロンビア・ピクチャーズ
- 原作/イアン・フレミング
- 撮影/ロジャー・ディーキンス
- 音楽/トーマス・ニューマン
- 編集/スチュアート・ベアード
- 美術/デニス・ガスナー
- 衣装/ジェイニー・ティーマイム、トム・フォード
- 007 スカイフォール(2012年/イギリス、アメリカ)
- エンパイア・オブ・ライト(2022年/イギリス、アメリカ)
- 007 スカイフォール(2012年/イギリス、アメリカ)
- 007/ノー・タイム・トゥ・ダイ(2021年/アメリカ、イギリス)
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