般若の形相で、「ひぃぃぃ!血がとれないぃぃぃ!」と叫ぶ山田五十鈴の怪演だけでも、一見の価値あり!
『蜘蛛巣城』は、シェイクスピアの『マクベス』を翻案した時代劇。もともと、日本の古典芸能に深い関心と造詣があった黒澤明が、幽玄的な能の美学を取り入れ、妖気漂う戦国絵巻を創り上げた。
黒澤映画といえば、豪風、豪雨、豪雪といったダイナミックな自然現象が代名詞的に語られるが、『蜘蛛巣城』における自然描写は、あくまでスタティック。
森は神秘への扉を開く入り口であり、雨は“物の怪”が現実界に舞い降りる“しるし”だ。一種の怪談である本作のテイストを、自然を霊妙なものとして捉えることで保証している。
冒頭でも述べたが、とにかくこの映画における山田五十鈴の取り憑かれたかのような演技は、観る者を圧倒する。
鷲津武時(三船敏郎)に、主君の都築国春を亡きものせんと示唆を与える、マクベス夫人のごとき振る舞い。そんな彼女の怪演に応えるように、黒澤も撮影テクニックを駆使。
「酒をふるいましょう」と漆黒の闇に消えてまた酒を持ってぬっと現れる(ホントに“ぬっ”という感じなのだ)シーンなんぞ、もうひたすら怖いし、おそらく能をヒントにしたのであろう衣擦れの音も、妖気を際立たせていて効果バツグンである。
そもそも、先代の城主が殺されたという「開かずの間」に寝所をしつらえるという発想自体、三船&五十鈴がもはや狂気に侵されていることを明白に証明している。
その「開かずの間」のデザインセンスも凄い。内装はドス黒く血糊に汚れ、弓矢で仕上げられた屏風が、血で血を洗う戦乱の世を明示している。こんな部屋、絶対住みたくない。美術監督・村木与四郎の面目躍如なり。
ちなみに、弓取りの名手である三船が、弓矢によって命を落とすという皮肉的なラストシーンは、その壮絶な死にっぷりが話題を呼んだ有名なシーンだが、実際の撮影時はホントに弓取りの名手が彼めがけて矢を射ったんだそうである。いやーまさにデッド・オア・アライヴな撮影。
『蜘蛛巣城』は、業に呑まれた男が滅んで行く様を描いた作品だが、黒澤自身もまるで芥川龍之介の『地獄変』のごとく、芸術至上主義という業に呑まれた男であるらしい。
- 製作年/1957年
- 製作国/日本
- 上映時間/105分
- 監督/黒澤明
- 製作/黒澤明、本木荘二郎
- 脚本/小国英雄、橋本忍、菊島隆三、黒澤明
- 撮影/中井朝一
- 音楽/佐藤勝
- 美術/村木与四郎
- 録音/矢野口文雄
- スクリプター/江崎孝坪
- 照明/岸田九一郎
- 三船敏郎
- 山田五十鈴
- 志村喬
- 千秋実
- 佐々木孝丸
- 太刀川洋一
- 久保明
- 浪花千栄子
- 高堂国典
- 富田仲次郎
- 稲葉義男
- 土屋詩朗
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