ペイチェック 消された記憶/ジョン・ウー

ペイチェック 消された記憶 [DVD]

フィリップ・K・ディック × ジョン・ウーの巻き込まれ型サスペンス

原作がフィリップ・K・ディックで、監督がジョン・ウーという、どう考えても食い合わせの悪そうな『ペイチェック 消された記憶』(2003)だが、観終わってみれば、これはこれで全然オッケーなんじゃね?という結論に至った次第。

一言で言うと、「現実と虚構が混濁するノワール的退廃」。鉛色の乾いた“ディック的”ムードの醸成はあえて放棄し、純然たる痛快アクション映画として組み立ててしまったところに、ジョン・ウーのゆるぎない作家性を見てしまう。

原作は、フィリップ・K・ディック初期の短編『報酬』。秘密保持契約のため、仕事が終わるたびに作業従事期間の記憶を消していたフリーランス・エンジニアのマイケル(ベン・アフレック)が、世界を揺るがす陰謀に巻き込まれてしまう…という巻き込まれ型サスペンス。

未来を予見した19個の「脱出用アイテム」によって、窮地に陥るたびに危機を脱するという発想が面白い。

ペイチェック―ディック作品集 (ハヤカワ文庫SF)

一介のエンジニアに過ぎない主人公が、007ばりのバイク操縦術や格闘能力を見せつける荒唐無稽さ、雨あられと飛び交う弾丸&間断なくインサートされる爆発シーンと、あらゆる目盛りは最大出力に設定されている。

細部のディティールにこだわったゆえ、リアリズム重視のおとなしめアクション映画が濫造されている昨今、これはこれで喝采を贈るべきアプローチだと思う。

さらに言うなら、『キル・ビル』(2003)で闘う女=ファイティング・レディーとしての礎を築いたユマ・サーマンが、主人公を支える生物学者のヒロインを演じており、「ディック原作映画がこんな荒唐無稽でいいのか?いいのだ!ユマ・サーマンが出ているのだから!」という、理屈が通っていない理屈によって、己を無理矢理ナットクさせてしまうほど、彼女の非現実的存在感&肉体的躍動は素晴らしい。

しかしながら、『ペイチェック 消された記憶』には、『男たちの挽歌』(1986)や『フェイス/オフ』(1997)のような血と汗にまみれた男臭さは皆無。「男達がお互いの眉間に銃口を当てる」とか「クライマックスに白い鳩が羽ばたく」というジョン・ウー的署名がはっきりと刻印されているにも関わらず、どこか人工的な作り物感がつきまとっている。

つまり、フィリップ・K・ディックとジョン・ウーという二人のクリエイターがタッグを組むと、お互いのアクの強さが相殺/中和されて、不思議な無臭性を帯びてしまうのだ。

「世界の終末」という深刻なテーマを扱いつつも、ディストピア感は希薄。ジョン・ウー的素描が盛りだくさんにも関わらず、叙情的ロマンティシズムも希薄。映画としてのコクのなさを、批判的に見る御仁もいるかもしれない。

ジョン・ウー的リリシズムが個人的にちょっと苦手な自分としましては、結果的に程よくバランスが取れて、程よくソフト・ランディングできたのでは、と思っている次第なり。

DATA
  • 原題/Paycheck
  • 製作年/2003年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/118分
STAFF
  • 監督/ジョン・ウー
  • 製作/テレンス・チャン、ジョン・デイヴィス、マイケル・ハケット、ジョン・ウー
  • 製作総指揮/ストラットン・レオポルド、デヴィッド・ソロモン
  • 原作/フィリップ・K・ディック
  • 脚本/ディーン・ジョーガリス
  • 撮影/ジェフリー・L・キンボール、ラリー・ブランフォード
  • 美術/ウィリアム・サンデル
  • 音楽/ジョン・パウエル、ジェームズ・マッキー・スミス、ジョン・アシュトン・トーマス
CAST
  • ベン・アフレック
  • アーロン・エッカート
  • ユマ・サーマン
  • コルム・フィオール
  • ジョー・モートン
  • ポール・ジアマッティ
  • マイケル・C・ホール
  • ピーター・フリードマン
  • キャスリン・モリス
  • イワナ・ミルセヴィッチ
  • クリスタ・アレン
  • ミシェル・ハリソン
  • クローデット・ミンク

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