『評決』(1982)
映画考察・解説・レビュー
『評決』(原題:The Verdict/1982年)は、アルコールに溺れた初老の弁護士フランク・ギャルヴィンが、医療過誤訴訟をきっかけに再起を図るシドニー・ルメット監督の法廷映画。だが本作の核心は、法廷での逆転劇や論戦の爽快さではなく、「勝てないと分かっていても闘わずにはいられない男の尊厳」にある。弱い証拠、孤立した闘い、沈黙に満ちた法廷──それらが積み重なり、正義という言葉の空虚さと、それでも立ち上がる人間の姿が、静かな緊張として観客に突きつけられていく。
スター神話の絶頂とその亀裂
1960年代から70年代半ばにかけて、ポール・ニューマンは疑いようもなくハリウッドにおけるマネー・メイキング・スターの象徴だった。
『ハスラー』(1961年)で見せた若きビリヤード・プレイヤーの鋭利な眼差し、『明日に向って撃て!』(1969年)での列車強盗ブッチ・キャシディに宿る軽やかな反逆性、『スティング』(1973年)における伝説的賭博師の老獪な身のこなし。
精悍な容姿とアクターズ・スタジオ仕込みのメソッド演技が結びついた、理想的なスター像。彼は単なる二枚目ではなく、身体の奥に反骨と哀愁を同時に抱え込んだ存在として、スクリーンに立ち続けていた。
初監督作『レーチェル レーチェル』(1968年)が批評的成功を収め、ニューヨーク映画批評家協会賞を受賞したことは、俳優としてだけでなく作り手としても評価され始めていた証左といえる。
さらに趣味のカーレースにおいてもル・マン24時間レースで2位に入るなど、映画の外側においても、勝利と成功のイメージが重ね書きされていた。
しかし70年代後半に差しかかると、その輝きに歪みが入り始める。俳優として父を追った息子スコットのオーバードーズによる急死は、『タワーリング・インフェルノ』(1974年)での父子共演という幸福な記憶を、取り返しのつかない喪失へと反転させた出来事だった。
この私的悲劇を境に、ニューマンのキャリアは目に見えて軋みを帯び始める。主演したパニック映画『世界崩壊の序曲』(1980年)は容赦ない酷評を浴び、「史上最低のパニック映画」とまで断じられ、続く刑事アクション『アパッチ砦ブロンクス』(1981年)も興行的失敗に終わった。
スター神話の中心にいた男は、いつしかスランプという名の周縁へと追いやられていた。
落ちぶれた身体を引き受けるという選択
そんな失意の只中で巡ってきた企画が、バリー・リードのベストセラー小説『評決』の映画化。物語の中心にいるのは、アルコールに溺れた初老の弁護士であり、医療過誤訴訟をきっかけに教会と法曹界という巨大な制度を相手に孤立無援の戦いを挑む男だった。
この役は当初ロバート・レッドフォードが予定されていたが、「アル中役は御免だ!」という理由で降板したと伝えられている。かつての盟友が退いた役を引き受けることは、ニューマンのプライドを考えれば容易な選択ではなかったはず。しかし同時に、それは自身の現在地と正面から向き合う機会でもあった。
輝きを失いつつあるスターが、社会からも自分自身からも見放された中年男を演じるという行為は、単なる役選びではなく、キャリアそのものを賭けた自己投影だったと考えられる。
結果としてスクリーンに現れたニューマンは、白髪が混じり、端正だった顔立ちに皺が刻まれ始めた中年のダメ男を、驚くほど率直に引き受けていた。
そこには若き日のスター性を誇示する気配はなく、むしろ失敗と後悔を抱え込んだ身体をそのまま差し出す覚悟が滲んでいる。この選択によって、『評決』は単なる法廷サスペンスを超え、スターが自らの神話を解体し再構築する場として立ち上がっていく。
ニューマンにとってこの映画は、落ちぶれを演じることを通じて、再び演技の核心へと立ち返るための決定的な一歩だった。
再生を描く乾いた演出の倫理
監督シドニー・ルメットは、宣伝文句とは裏腹に、『評決』を純粋な推理映画として成立させようとしていない。
物的証拠の弱さや法廷での論戦の緩さといった瑕疵は、冷静に見ればいくらでも指摘できるものだったが、ルメットが焦点を当てたのは、冬枯れのボストンという舞台に置かれた、中年男の再生のプロセスだった。『評決』はサスペンスではなく、人生の底に沈んだ親父がもう一度立ち上がるためのリ・ボーン映画だったと言える。
ルメットの乾いた演出は、特に音の扱いにおいて際立っている。冒頭、酒をあおりながらピンボールに興じるニューマンを逆光気味に捉えた場面では、音楽は一切流されず、ピンボールの金属的で騒々しい音だけが空間を支配している。その無機質な響きは、主人公の内側の荒廃を過剰な感情表現に頼ることなく可視化していた。
ラストでシャーロット・ランプリングからの電話を受ける場面でも同様に、メロディは排除され、電話の呼び出し音だけが孤独を際立たせている。そこには観客を感傷へと誘導する意図はなく、中年男の孤立を突き放すように提示する冷静さがあった。
この抑制された演出の中で、ニューマンの演技は過度な自己憐憫に傾くことなく、再生が容易ではないことを身体の重さとして示す。結果として『評決』は、スターの復活譚であると同時に、老いと失敗を引き受けることの倫理を描いた作品となった。
その後ニューマンは『ハスラー2』(1986年)でアカデミー主演男優賞を受賞し、再びハリウッドの中心へと戻っていく。映画の主題と呼応するように、彼自身もまた一度失われた座を取り戻したのである。
- 原題/The Verdict
- 製作年/1982年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/129分
- ジャンル/ドラマ、サスペンス
- 監督/シドニー・ルメット
- 脚本/デヴィッド・マメット
- 製作/リチャード・D・ザナック、デヴィッド・ブラウン
- 製作総指揮/バート・ハリス
- 原作/バリー・リード
- 撮影/アンジェイ・バートコウィアク
- 音楽/ジョニー・マンデル
- 編集/ピーター・C・フランク
- 美術/エドワード・ピゾーニ
- 衣装/ルース・モーリー
- ポール・ニューマン
- シャーロット・ランプリング
- ジェームズ・メイソン
- ジャック・ウォーデン
- マイロ・オーシャ
- エド・ビンズ
- リンゼイ・クローズ
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- 十二人の怒れる男(1957年/アメリカ)
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- 評決(1982年/アメリカ)
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