サイケデリアの残響からオカルト的音響へ
ボーズ・オブ・カナダのセカンド・フルアルバム『Geogaddi』(2002年)は、デビュー作『Music Has The Right To Children』(1998年)が開いたノスタルジックな幻覚世界の、そのさらに奥へと踏み込む。
前作と同じように子供の声や教育番組の断片が用いられてはいるが、全体を覆うのはむしろサイケデリアではなくオカルト的な不穏さだ。「純真な記憶の残光」というより「記憶に潜む影の領域」と言うべきか。
その象徴が、『Geogaddi』というアルバムタイトル。幾何学(geometry)とフラクタル(gaddi=幾何パターンの意)を組み合わせたこの造語は、単なる語感の遊びではなく、作品全体が自己相似的に構造化されていることを暗示している。
実際、アルバムは66分6秒という意図的な収録時間に設計され、タイトルのみならず歌詞の断片、サウンドの配置の多くに「666」や「カルト的象徴」が忍ばされている。こうした隠喩の重層性は、リスナーに「音楽そのものを解読する」という体験を強いる。めちゃめちゃ考察系アルバムなのだ。
音響的には、前作以上にローファイ処理とアナログ機材の揺らぎが強調されている。シンセパッドはフィルターで曖昧に滲み、ベースやキックは空気の中に吸い込まれるように減衰していく。だがその背景には、規則性と不規則性を行き来するリズムが仕込まれている。
例えばM-4「Gyroscope」では、ポリリズム的なビートが執拗に繰り返され、リスナーは完全にトランス状態。リズムが「進む」のではなく「渦を巻く」ように展開する点は、彼ら特有の時間感覚の歪みをさらに増幅させたものだ。
また、『Music Has The Right To Children』がモード的で開かれた終止を多用していたのに対し、『Geogaddi』は半音階的なずれや不協和の滲みを取り込むことで、不安定さが滲み出ている。
その代表がM-16「The Devil Is In The Details」。繊細なアルペジオの背後に、意図的に濁らせた倍音が忍び込み、心地よさと不気味さが同居する空間をつくり出す。ここでは和声は解決を拒み、むしろ永遠に宙吊りのまま漂っている。
特筆すべきはアンビエンス設計だ。アルバム全体に散りばめられたフィールドレコーディング――風のざわめき、意味不明のナレーション、逆回転させた声は、すべて「不完全に記録された過去」の痕跡として響く。
とりわけM-3「Beware the Friendly Stranger」やM-18「Over the Horizon Radar」のような短いインタールードは、教育番組の断片というよりも、カルト的プロパガンダの遺物という感じ。イノセンスがそのまま不気味さに転化する瞬間を、我々は目撃する。
アルバム後半の「Alpha and Omega」から「Corsair」にかけては、その構造的意図が一層明確になる。宇宙的な広がりを感じさせるドローンや揺らぎは、リスナーを没入させると同時に、終末論的な予感を伴う。「子供の声=未来の象徴」はここではむしろ呪文として響き、記憶の無垢さは闇の儀式に変質している。
「心地よい懐かしさ」と「説明しがたい不安」の二重体験。エイフェックス・ツインやオウテカがそれぞれ「テクノロジーの極限」へと進んだのに対し、ボーズ・オブ・カナダは「記憶の深層」へ潜った。IDMを知覚心理学的実験へと変貌させた『Geogaddi』は、その到達点のひとつである。
- アーティスト/Boards Of Canada
- 発売年/2002年
- レーベル/Warp
- Ready Lets Go
- Music Is Math
- Beware the Friendly Stranger
- Gyroscope
- Dandelion
- Sunshine Recorder
- In the Annexe
- Julie and Candy
- The Smallest Weird Number
- 1969
- Energy Warning
- The Beach at Redpoint
- Opening the Mouth
- Alpha and Omega
- I Saw Drones
- The Devil Is in the Details
- A Is to B as B Is to C
- Over the Horizon Radar
- Dawn Chorus
- Diving Station
- You Could Feel the Sky
- Kite Hill
- Smallest Weird Number (Reprise)
- Corsair
- Magic Window
