『Mellow Gold』(1994年/ベック)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Mellow Gold』(1994年)は、アメリカのミュージシャンであるベック(Beck)が、友人であるカール・スティーヴンソンの自宅キッチンなどで、4トラックのテープ・レコーダーを用いてあり合わせの機材で録音した作品。収録曲の「ルーザー」がカレッジ・ラジオでプレイされるや否や瞬く間にリスナーの熱狂を呼び、本人の意図とは裏腹に「スラッカー世代のアンセム」として90年代の音楽シーンを完全に塗り替えるアルバムとなった。
キッチンから世界をハッキングした「宅録野郎」の革命
断言しよう。1990年代の音楽シーンにおいて、カート・コバーンがロックの“精神性を破壊と再生”へと導いたのだとすれば、ベックはロックの“構造と方法論”を根本からハッキングしてしまった稀代のトリックスターである。
ロックンロール、ヒップホップ、カントリーミュージック、フォーク、さらにはノイズからサイケデリックまで。ありとあらゆるジャンルの圧倒的な音楽的教養を、オタク的感性で軽々とポピュラリティーに還元してしまった偉大なる宅録野郎、それがベックなのだ!
彼がひっさげて登場したメジャーデビューアルバム『Mellow Gold』(1994年)は、音楽業界の常識を根底から覆す特大の爆弾。当時、メインストリームのロックといえば、数百万ドルという莫大な予算をメジャースタジオにつぎ込み、巨大なミキシングコンソールと極上のマイクで高音質を作り上げるのが、絶対正義とされていた。
しかし、ベックが放ったデビューシングル「Loser」はどうだ。プロデューサーであるカール・スティーヴンソンの自宅の薄汚れたキッチンに持ち込んだ、安物の4トラック・カセットMTRと、チープなドラムマシン。
そこにドクター・ジョンのレコードからサンプリングしたドラムループを敷き、泥臭いアコースティックのスライドギターを乗せ、意味不明でネガティヴ極まりない「I’m a loser baby, so why don’t you kill me?」というラップを垂れ流したのである。
こんなゴミのような(褒め言葉です)ローファイ・サウンドが、ロサンゼルスのオルタナティヴ・ラジオ局KROQで火がつき、MTVを席巻し、全米チャートのトップ10にまでブチ上がってしまったのだから、痛快なり。
この出来事は、世界中のネクラ音楽少年たちに絶大な希望を抱かせた。ベックが紡ぎ出したジャンキーで奇妙なポップチューンには、アメリカのルーツ・ミュージックがぎっしりと詰め込まれており、それがヒップホップのビートと出会うことで、誰も聴いたことのない未来のミクスチャー・ロックへと突然変異を遂げたのである。
オリジナリティの終焉と再構築の美学
「90年代はリミックスとサンプリングの時代」とは良く言われることだ。あらゆる芸術分野において、「もう新しいものは生み出せないのではないか」という閉塞感が漂っていた時代。たとえば、美術評論家の布施英利は、その著書「脳の中の美術館」でこう語っている。
ぼくたちの前には、膨大な量の文化遺産が蓄積されている。(中略)そんな作品群を前にして思う。ぼくたちは「遅れてきた人間」だ。
すべては、やられてしまった。もう新しい発想など生まれる余地はない。ドストエフスキー以後、いったいどんな小説が書けるというのか。レオナルドがいてピカソがいる。それ以外に何が描けるというのか。
消費と疲弊のスピードが異常に速い“音楽”というジャンルにおいては、この「遅れてきた人間」現象はより顕著で残酷な現実として立ちはだかる。
バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン…偉大なクラシックの巨人たちが築きあげた音楽という名の遺産は、後にロックというステージでポピュラリティーを獲得し、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランという決定的なスーパースターを生み出してしまった。
彼等を凌駕する音楽など、果たしてあり得るのか?これ以上、どのような革新的なコード進行やメロディがつくれるというのか?この巨大な絶望の壁に対し、ベックが提示した解答こそが、遺産そのものを解体し、コラージュしてしまえ!という、強烈なサンプリングの美学だったのである。
彼にとっての音楽制作とは、ゼロから新しい和音を発明することではない。既存のレコードの溝に刻まれた歴史の断片を切り刻み、全く文脈の違うヒップホップのビートに貼り付け、その上にフォークギターを乗せるという、再構築の作業なのだ。
ベックという男は、膨大な過去の音楽アーカイブを読み込み、瞬時に計算して新しいポップ・フォーマットへと出力する、極めて優秀なオペレーティング・システムなのだ。
『Mellow Gold』を聴けば、ブルース、カントリー、サイケデリック・ノイズが、彼の脳内というサンプラーを通して無秩序に、しかし完璧なポップネスを伴って再生産されていることがわかるはず。
オリジナリティが枯渇した時代に対する、これほど見事で、これほど皮肉なカウンターパンチが他にあるだろうか?
フルクサスのDNAと電脳時代のフォークロア
ベックは、ジョン・ケージやオノ・ヨーコも参加した1960年代の前衛芸術運動フルクサスの重要人物であるアーティスト、アル・ハンセンを祖父に持つ。
フルクサスが得意としたのは、日常のガラクタや廃品を寄せ集めて新しいアートを構築するアッサンブラージュ(寄せ集めの芸術)。ベックはまさにその前衛芸術のDNAを直系で受け継ぎ、さらにウディ・ガスリーやブラインド・ウィリー・ジョンソンといったアメリカン・ルーツ・ミュージックに強い影響を受けて、小さな頃からディープなブルース・ギターを弾きながら育ってきた。
つまり彼には、DNAレベルで前衛芸術の破壊衝動と高次元のポピュラー音楽の素養が、ハイブリッドに備わっていたのだ。だからこそ、バンド仲間も立派なスタジオも必要ない。サンプラーとコンピュータ、そしてギターが一本あれば、彼の内的宇宙は完全に自己完結してしまう。
ここで重要なのは、もともと地域に根ざしたローカル・カルチャーに端を発するフォーク・ソングが、ベックというフィルターとテクノロジーを通過することによって、その土着の境界線を完全に失ったという事実。
「Loser」のアコースティックギターは、焚き火の前で歌われるためのものではなく、インターネットの発達によって世界中の若者のベッドルームへとダイレクトに発信される、真新しいワールドスタンダード・ミュージックとして蘇ったのである。
おそらくベック本人に、「音楽の再生産をしてやろう」といった小難しい学者的な意識はなかったはず。サンプラーのボタンを叩き、ノイズを撒き散らし、適当な韻を踏む。その行程のすべては、彼にとっては息をするのと同じくらいナチュラルで肉体的な感性の発露なのだ。
汗まみれになってギターを叩き壊す既存のロックスターとは全然違う。電脳時代に舞い降りたこの金髪のフォーク・シンガーは、顔を真っ赤にして声を荒げることもなく、ことさらに大仰な政治的主張を叫ぶでもなく、ただ飄々と、ジャンクなビートに乗せて今日も地下室で負け犬の歌を唄い続ける。
その圧倒的な脱力感こそが、90年代という時代を決定づけた最強のリアルであり、今なお色褪せない『Mellow Gold』の輝きなのだ。
- アーティスト/ベック
- 発売年/1994
- レーベル/ゲフィン・レコード
- ジャンル/オルタナティヴ・ロック
- プロデューサー/ベック、カール・スティーヴンソン、トム・ロスロック、ロブ・シュナップ
- 1. Loser
- 2. Pay No Mind (Snoozer)
- 3. Fuckin With My Head (Mountain Dew Rock)
- 4. Whiskeyclone, Hotel City 1997
- 5. Soul Suckin Jerk
- 6. Truckdrivin Neighbors Downstairs (Yellow Sweat)
- 7. Sweet Sunshine
- 8. Beercan
- 9. Steal My Body Home
- 10. Nitemare Hippy Girl
- 11. Mutherfuker
- 12. Blackhole
- Mellow Gold(1994年)
- NOT TiGHT(2022年)
![Mellow Gold/ベック[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/712s-nGzzaL._SL1400_-e1707317598148.jpg)
![新編 脳の中の美術館/布施英利[本]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/51T8RiF4ReL._AC_UL640_FMwebp_QL65_-e1771700132349.webp)
![フルクサスとは何か:日常とア-トを結びつけた人々[本]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/51E0GR2BEWL.jpg)