長崎原爆をある家族の視点から描く、黒木和雄の“戦争レクイエム三部作”第1作
とにかく南果歩が好きで好きで好きで好きで、ちょっと鼻にかかったような独特の声も、少年のようにボーイッシュな顔立ちも、細身ながら均整のとれたバディーも、全部が好きだった。
彼女を意識しだしたのは僕がまだ高校生の頃だと思うんだが、同級生が騒いでいた宮沢りえや西田ひかるには目もくれず、いや、多少は目をくれたかもしれないが、僕は彼女に入れあげていたんである。
黒木和雄の戦争レクイエム三部作の第1作目に当たる『TOMORROW 明日』も、確か南果歩目当てで10数年前に観た記憶があります。しかし、映画はそんな軟弱オーディエンスを一蹴するほどの充実ぶり。
ささやかな幸福を抱きながら「明日」に向かって生を謳歌せんとする、どこにでもいそうな長崎の家族の生活が、「昭和20年8月9日午前11時02分」に投下された一発の原子爆弾によって、全てが灰燼に帰すという映画構造にちょっとド肝を抜かれた記憶がある。
ヒッチコックによれば、あらかじめ観客に情報を伝えることで格段にサンペンス効果が高まるらしいが、冒頭から「8月8日 長崎」というテロップが入るこの映画では、24時間後にこの家族が原爆の犠牲になることを我々は“知ってしまう”。
故に一分一秒全てが愛おしく、美しく、そして切ない。ラスト数分で流れる劇伴に、「カチカチ」という時限爆弾のような一定のリズムがかぶさるのは、確信犯的な手つきだ。
だが、元帝国ホテルの料理長で今は写真屋を営む田中邦恵とか、敵国のアメリカ人を救わんとする黒田アーサー(懐かしい)とか、お腹に三ヶ月の赤ん坊を身ごもってしまった水島かおり(これまた懐かしい)とか、一つ一つのエピソードに吸引力がなく、感傷的に流れすぎていて、個人的にはあまり馴染めず。
群衆劇を語るにあたり、冒頭から結婚式を描くことによって、登場人物の出自やパーソナリティーを観客に伝えるというのも、古くは黒澤明の『悪い奴ほどよく眠る』や、コッポラの『ゴッドファーザー』(1972年)でも使われたテだが、どーにも長崎弁が僕には聞き取りづらいことこの上なく、これまた家族背景が把握できず。
映画に引き込むためにありとあらゆる手管を使っているのだが、映画的作為がアダとなって、妙にアザとい映画に見えてしまうのは頂けない。
という訳で南果歩ファンの小生としては、初夜を迎える彼女が手ぬぐいで身体を拭くという、鮮烈なまでに神々しいバック・ヌードに祈りを捧げるべき映画であります。
- 製作年/1988年
- 製作国/日本
- 上映時間/105分
- 監督/黒木和雄
- 製作/鍋島壽夫
- 原作/井上光晴
- 脚本/黒木和雄、井上正子、竹内銃一郎
- 撮影/鈴木達夫
- 音楽/松村禎三
- 美術/内藤昭
- 編集/飯塚勝
- 録音/井家眞紀夫
- 桃井かおり
- 南果歩
- 仙道敦子
- 黒田アーサー
- 佐野史郎
- 長門裕之
- 絵沢萠子
- 水島かおり
- なべおさみ
- 馬渕晴子
- 原田芳雄
- 田中邦衛
最近のコメント