アメリカが大好きで大嫌いなラース・フォン・トリアーによる、痛烈なアメリカ批判
ラース・フォン・トリアーの前作『奇跡の海』(1996年)のレビューでは、「生爪をはがされたかのような痛切な生々しさ」と書いたが、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)には、突然崖から突き落とされたかのようなショックがある。
「気持ちがブルーになる」というよりは、「気持ちが宙ぶらりんになる」映画。とりあえずデートムービーではないことは確実だ。ミュージカル映画と思って観に行ったら、とんでもない目にあう。 観賞後のディナーでは無言が続き、重苦しい空気が二人を包み込むことであろう(実話)。
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は、ラース・フォン・トリアーのアメリカに対する憧憬と嫌悪が混在した作品だ。急進的左翼主義者の家庭に育ったトリアー少年にとって、超大国アメリカとは資本主義の象徴であった。
郊外に広い住居を構え、自動車、テレビ、洗濯機を完備した裕福な生活スタイル。そのモダンなイメージがアメリカへの憧憬と相まって、ミュージカルという形式に表出される。
しかし、それはあくまでチェコ・スロバキアからの移民である本編の主人公セルマの想像の世界なのであって、現実には資本主義国家の象徴とも言えるアメリカの警察官によって彼女は窮地に陥れられてしまう。それはこの超大国が抱える理想と現実、そのものではないか!
『ファーゴ』(1996年)で一筋縄ではいかない悪人役を演じていたピーター・ストーメアが、セルマに心を寄せる優しき好漢を演じていて、『グリーンマイル』(1999年)や『コンタクト』(1997年)で絵に書いたような善人を演じてきたデヴィッド・モースが、金に目がくらむ悪徳警官を演じる。
このキャスティングこそ『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を読み解くカギとなる。結局、セルマは絞首刑に処される。しかし特にヨーロッパでは人権問題の見地から死刑制度に対する否定論が根強く、EUに新規加盟する国は必ず死刑制度を廃止しなくてならない。
先進国では数少ない死刑制度国家であるアメリカ。セルマの死に我々は何を見るか?これはミュージカルのように甘美な幻想ではない。今生きているこの地球上で起こっている現実そのものだ。たしかにこの映画一本でアメリカを変えられはしないが、喚起させることはできる。
極度の飛行機嫌いであるラース・フォン・トリアーは、結局アメリカに一度も足を運ばずしてアメリカを舞台にした映画をつくってしまった(映画の撮影場所はスウェーデンである)。
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は、アメリカが大好きで大嫌いな映画監督ラース・フォン・トリアーによる、痛烈なアメリカ批判の物語なんである。
- 原題/Dancer In The Dark
- 製作年/2000年
- 製作国/デンマーク
- 上映時間/140分
- 監督/ラース・フォン・トリアー
- 脚本/ラース・フォン・トリアー
- 製作/ヴィベケ・ブルデレフ
- 撮影/ロビー・ミュラー
- 音楽/ビョーク
- 美術/カール・ユーリウスソン
- 編集/モリー・マレーネ・ステンスガード
- ビョーク
- カトリーヌ・ドヌーヴ
- デヴィッド・モース
- ピーター・ストーメア
- ジョエル・グレイ
- ヴィンセント・ペイターソン
- カーラ・シーモア
- ジャン・マルク・バール
- ヴラディカ・コスティク
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