ゴダールが軽やかに描く、B級ハリウッド犯罪映画へのオマージュ
映画というものは「グリフィスがつくって、ゴダールが壊した」んだそうである。
セルゲイ・エイゼンシュタインが実践し、D・W・グリフィスが確立したモンタージュ理論は、古典映画文法の基礎であり、そのスタイルは今でもハリウッド映画に脈々と受け継がれている。
しかしヌーヴェルヴァーグの旗手であったゴダールは、それまでの表現スタイルを覆して、次々と革新的な映画を発表しまくった。
まったくゴダールというヤッカイな代物は、映画青年なら一度は体験する、通過儀礼のようなもんである。ゴダールというハシカにかかった者は一日中でもゴダールについて熱く語りたくなるだろうし、かからなかった者は目を白黒させて、「あのー、どこが面白かったのデスカ?」と自問自答することだろう。一般的に言えば、ゴダール映画の印象は次のようなものである。
- 話がよく分からない。
- カット割りが何か変。
- 登場人物の会話が難しい(急にランボーの詩を引用したりする)。
- 音楽の使い方がおかしい。
- 主人公がラストで死ぬ。
- でもお洒落。
ゴダールの記念すべき長篇第一作、『勝手にしやがれ』(1959年)はすでにこれらの要素をあまねく満たしていた。ストーリーの流れをブチ切ってしまうような唐突なジャンプカット、自然光を取り入れた撮影スタイル、もったいぶった形而上学的トーク。
大学一年生の時に初めてこの映画で「ゴダール体験」を果たした僕には、チンプンカンプンであった。既存の映画文法を逸脱したスタイルに、僕はすっかり不安になってしまった。
村上龍とか坂本龍一とか蓮實重彦とか、頭のいい人は皆ベタホメじゃん。ゴダールが分からないなんて、バカ扱いされかねないぞ。意を決して、僕は博学なインテリである先輩に尋ねたものだ。
「あのー、ゴダールって何かよく分かんないんですけど…」
「坂本龍一はね、ゴダールはダヴのリミックスの感覚だって言っているね」
「ははあ。でも映画の面白さがどこにあるのかサッパリなんですが…」
「ゴダールはね、要は映画界のポスト・モダンなんだよね」
「…つまりどういうコトですか?」
まるで禅問答である。だがそんな僕のゴダール映画に対する眼を見開かせてくれたのが、某音楽評論家の「映画のように音楽を観て、音楽のように映画を聴く」というお言葉であった。
僕はゴダールへのアプローチをまるっきり変えてみた。真正面から映画に向き合うのではなく、まるで環境ビデオを観ているかのようなお気軽感覚&流し見感覚で、ゴダールと対峙してみたのである。
すると彼の映画は面白いように気持ちよく感情に入ってきた。驚くべき浸透性であった。感覚を研ぎすませ。そうすれば、ゴダールは向こうからやってくる。
『勝手にしやがれ』はゴダールによる、B級ハリウッド犯罪映画へのオマージュ作品である。ヤクザ者の主人公と女・暴力と金に彩られたハリウッドの典型的クライム・ムービーを、ゴダールは軽やかな青春映画にしてしまった。
主演を務めたジャン・ポール・ベルモンドにとっても、この作品は特別の一本のようだ。彼のインタビューを抜粋してみよう。
「これまで五十本以上の映画に出演してきた訳ですが、どれが自分の代表作だと思いますか?いちばん愛着のある作品は?」
ベルモンド 「よく同じ質問をされるんだけど、いつも返答に困るんだよ。いちばん愛着がある作品は、やっぱり『勝手にしやがれ』(1959)かなーなんといっても、はじめて世に認められた真のデビュー作と言っていい作品だし、監督のジャン・リュック・ゴダールも好きだからね。『気狂いピエロ』(1965)も大好きなんだ。いまのゴダールは別人になったようで、お手上げだけどね(笑)」
(山田宏一映画インタビュー集『映画はこうしてつくられる』より抜粋)
台本も何もない、超行き当たりばったり撮影。リハーサルもテストもなし。ライティングも同時録音もなし。当然台詞もないから、本番中にゴダールが俳優に直接教えると言う、アクロバティック演出の連続。時には、「何でもいいから、何か言ってくれ」という指示もあったという。
だからこそこの映画は、ジャン・リュック・ゴダールスタイルとリズム…彼自身の”呼吸”によって、支配されているとも言える。
フランソワ・トリュフォーが新聞の三面記事からシノシプスに起こした原案も、ラウル・クタールの手持ちカメラによる即興撮影も、スピーディーなカッティングも、ジーン・セバーグのくったくのない裏切りも、全てがゴダールが内包している“映画”自身なのだ。
何ものにも従属されないスタイルは、何と自由で軽やかなのだろう。既成を破壊する快感に勝るものはない。
- 原題/A Bout De Souffle
- 製作年/1959年
- 製作国/フランス
- 上映時間/95分
- 監督/ジャン・リュック・ゴダール
- 脚本/ジャン・リュック・ゴダール
- 原案/フランソワ・トリュフォー
- 技術協力/クロード・シャブロル
- 製作/ジョルジュ・ド・ボールガール
- 撮影/ラウール・クタール
- 編集/セシル・ドキュジス
- 録音/ジャック・モモン
- 音楽/マルシャル・ソラール
- ジャン・ポール・ベルモンド
- ジーン・セバーグ
- アンリ=ジャック・ユエ
- ジャン=ピエール・メルヴィル
- ダニエル・ブーランジェ
- ジャン・リュック・ゴダール
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