2026/5/2

『Sensuous』(2006)徹底解説|音と音の隙間に清冽さが横たわる、ノンリニア的アルバム

『Sensuous』(2006年/コーネリアス)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー

10段階評価
9
GREAT

概要

『Sensuous』(2006年)は、コーネリアスが発表した5枚目のオリジナル・アルバム。前作『Point』(2001年)で提示したミニマリズムをさらに深化させ、左右のスピーカーから放たれる微細な音のパルスが、聴き手の脳内に立体的かつ共感覚的な快楽をもたらす。点描画のように配置された「Fit Song」のサンプリングや、音楽そのものを賛美する「Music」に見られる重層的なギターのレイヤーは、数学的な厳密さを持ちながらも、そこには確かな情緒と遊び心が同居している。「Breezin’」が描き出す穏やかな情景のように、静謐な空間の中に漂う体温は、リスナーをまるで小山田のプライベート・スタジオに招き入れたかのような、密やかな没入感へと誘う。

受賞歴
  • 2007年ミュージック・マガジン:年間ベスト・アルバム ロック[日本]部門 第1位
目次

点から拡散へ──『Sensuous』が描く立体的音像

2001年に発表されたコーネリアスの4thアルバム『Point』(2001年)は、音響派的アプローチが清々しい傑作アルバムだった。

電子の音塊と自然界のざわめきが、まるでアルカリイオン水のように奇跡的な融合を果たし、メロディーやビートよりも響き(Sonor)に重点が置かれていた。

それまで過剰なまでのサンプリングと情報量でポップスを構築していた彼が、自らの手でギターを弾き、音の「点」を見つめ直した画期的な転換点でもあった。

Point
コーネリアス

そこから5年ぶりとなる新作『Sensuous』(2006年)は、前作で提示されたミニマリズムを継承しつつも、さらにその感覚が先鋭化。シンプルな音数ゆえにその濃厚さが浮かび上がる、これまた傑作なアルバムだ。

音と音の隙間に、清冽さと芳醇さが横たわっている。この5年間の間に、彼は国内外での精力的なライブツアーに加え、ベックやブラーといった海外アーティストのリミックスワーク、あるいはスケッチ・ショウなどへの参加を通じて、プレイヤーとしてもサウンドクリエイターとしても格段にアップデートを果たしたのだろう。

『Point』を“ひとつの点に向かって集約していく”コンセプチュアルなアルバムとするなら、『Sensuous』はバラエティーに富んだ音のアイディアが、まるで水面に落ちた雫が波紋を作るように拡散していく、おもちゃ箱的アルバムと言っていいだろう。

ファンク、エレクトロニカ、ニューウェイヴ、ミュージック・コンクリート、スタンダード・ジャズと、もうなんでもござれ状態だが、ひとつひとつの音の粒はより大きく、よりなめらかになった印象を受ける。

これは16ビットではなく24ビットで録音したという音楽環境面の変化も大きい。プロツールス(Pro Tools)などのデジタル録音技術の進化を味方につけ、解像度の高い音が空間を舞うように配置されているのだ。

柔らかなソフトシンセの音がスペーシーな空間を形作ると思いきや、エッジのきいたギターが轟音のように鳴り響いたりと、奏でられる音のコントラストもより明確になった。

そもそも「Sensuous」とは、「感覚的な」「敏感な」という意味。映像作家の辻川幸一郎とタッグを組み、音と映像の完全なシンクロナイズを追求した本作は、良くも悪くもリニア的に音が配列された前作よりも、ノンリニア的で立体的な音像が体感できる、

まさに五感を刺激するアルバムなのだ。

極限まで細分化されたビートと懐の広さ

例えば、M-2「Fit Song」。カッティング・ギターとハイハットが一定のリズムを刻み、音がとことんまで細分化され、日常の生活音(コップを叩く音やハサミの音など)すらもサンプリング。

もはや小節のアタマがどこにあるか分からないような、不思議なトラックに仕上がっている。ミュージック・コンクリートの手法を、ここまでポップでフィジカルなグルーヴへと昇華させた手腕には唸らされる。

また、M-1「Breezin’」での多幸感あふれるアコースティックギターの重なりや、シンセサイザーの和音が美しいM-3「Music」など、前作のストイックさからは一転して、非常に風通しの良いメロディアスな楽曲が並んでいるのも特徴だ。

かと思えば、コーネリアス的へヴィー・メタルを突き詰めた『69/96』(1995年)を思わせるような、M-6「Gum」のようなアップビートなナンバーも収録されている。

69/96
コーネリアス

『69/96』のへヴィネスがどこかサンプリング的で記号的な遊び心を持っていたのに対し、「Gum」で鳴らされる轟音ギターはより生々しく、バンド的な肉体性を帯びている。

このあたりにも、多彩なジャンルを軽やかに横断する懐の広さと、トラックメーカーとしてだけでなくプレイヤーとしての充実ぶりが窺える。

音響オタク青年が許容したベタな感傷

僕が個人的に一番好きなトラックは、アルバムのラストを飾るM-12の「Sleep Warm」。ご存知、20世紀を代表する歌手フランク・シナトラのスタンダード・ナンバーのカバーである。

Come Fly With Me
フランク・シナトラ

小山田圭吾の当時のインタビューによると、父親(和田弘とマヒナスターズの初代ボーカル、三原さと志ですね)のレコード棚を整理していたら、フランク・シナトラのレコードがたくさん出てきて、一時ハマっていた時期があったらしい。

ポップ・フィールドの最先端で前衛的な音を創っている職人が、ポップスの王道を生き抜いたシナトラのナンバーをカバーしたというのは、理由もなく何だか嬉しくなる。フリッパーズ・ギター時代から、膨大な知識量に基づくサンプリングや引用といった、ある種ポストモダンな手法で武装していたかつての音響オタク青年が、齢を重ねて、ベタなくらいに甘く感傷的なメロディーを素直に許容できるようになった気がするからだ。

本作の発売直前である2006年9月末に、父である三原さと志は他界している。この「Sleep Warm」がアルバムの最後にひっそりと置かれていることに、単なる音楽的な興味を超えた、パーソナルで静かな祈りのようなものを感じずにはいられない。

調整の狂ったポンコツ・ロボットが、人類が滅んだ地球の片隅でひっそりとお花に水をあげている……。「Sleep Warm」の優しくもどこか寂寥感を伴う響きを聴くたび、僕はこんなイメージを夢想する。

薄くオートチューンをかけた小山田のヴォーカルと、温かみのあるアコースティックギターの音色。その精緻にデザインされた無機質なサウンドの向こう側に、体温を持った人間の人生の甘さと苦さと、楽しさと哀しさが確かに垣間見えるのだ。

アルバム情報
プレイリスト
  1. 1. Sensuous
  2. 2. Fit Song
  3. 3. Breezin’
  4. 4. Toner
  5. 5. Wataridori
  6. 6. Gum
  7. 7. Scum
  8. 8. Omstart
  9. 9. Beep it
  10. 10. Like a Rolling Stone
  11. 11. Music
  12. 12. Sleep Warm
コーネリアス アルバムレビュー