Invoke/Arto Lindsay

Invoke

アート・リンゼイが紡ぎあげた「金属的禁欲系ボサノバ」の最高到達点

多くのリスナーがそうだと思うが、僕もアート・リンゼイの名前は坂本龍一や矢野顕子とのコラボレーションで知った。

『Geisha Girls Show 炎のおっさんアワ-』の『ノメソタケ』にも衝撃を受けたが、特に彼を強く意識しだしたのは、教授がプロデュースした中谷美紀『食物連鎖』のラストナンバーを飾る『sorriso escuro』である。

食物連鎖

漆黒の宇宙をたゆたうような、催眠術的楽曲。悪魔に魅入られたかのように、中谷美紀のウィスパーボイスが僕の頭を反芻する…。ジョアン・ジルベルトよりもアントニオ・カルロス・ジョビンよりも早く、僕はアート・リンゼイによってボサノバと邂逅した。

アート・リンゼイの音楽には、禁欲的な恍惚感が詰まっている。歌詞はエロエロなんだが、その高揚感が抑制されている感じなのだ。

もともと50年代にリオ・デ・ジャネイロで産まれたボサノバとは、熱くて陽気で能天気なイメージのブラジリアン・ミュージックとは異なり、避暑地的な涼しさを感じさせる新しい音楽の波だった。

しかしアート・リンゼイの奏でるボサノバは、「涼しい」を通り越して「冷たい」。クールで金属的な質感がある。長い間僕は、この質感はどうやって生成されたのか疑問を持っていたのだが、最近彼のバイオグラフィーをみて納得した。

1945年 リンゼイ坊や、ニューヨークにて誕生。
1948~1975年 宣教師であった両親の仕事の関係で、ブラジルで少年期を過ごす。
1976年 アメリカに帰国。
1978年 ノイズ・パンク・グループ「DNA」を結成。

謎は…謎はすべて解けた!!何とアート・リンゼイのご両親は宣教師だったんですねー。どこか倫理的で内省的な音楽世界は血として受け継がれ、まさしく彼のバンド名でもある「DNA」レベルで息づいていたのだ。

近年アート・リンゼイの体温はますます下がり、それはまるで氷点下のごとし。2002年に発表されたアルバム『Invoke』は、打ち込みのトラックとアート・リンゼイの蚊の鳴くようなボーカルが見事に調和した、「金属的禁欲系ボサノバ」の最高到達点である。『Illuminated』は特に傑出した名曲と断言しよう。

実は、僕はアート・リンゼイに会ったことがある。ニューヨークに留学していた頃、手伝っていた舞台の稽古にふらりと現れたのだ。演出家の方が、「ほら、彼がアート・リンゼイだよ」と紹介してくれたのだが、彼はミュージシャンというよりは哲学者ともいうべき風貌をしていた。

別冊ele-king アート・リンゼイ――実験と官能の使徒 (ele-king books)

僕はしどろもどろで「Are You Real?」などという馬鹿な質問をしてしまい、彼は一瞬躊躇したような表情をみせたが、すぐにニッコリと笑って「Yes」と答えてくれた。その笑顔は決して冷たいものではなかった。

DATA
  • アーティスト/Arto Lindsay
  • 発売年/2002年
  • レーベル/Righteous Babe
PLAY LIST
  1. Illuminated
  2. Predigo
  3. Ultra Privileged
  4. Over/Run
  5. Invoke
  6. You Decide
  7. In The City That Reads
  8. Delegada
  9. Uma
  10. Clemency
  11. Unseen
  12. Beija-me

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