『THE GEISHA GIRLS SHOW - 炎のおっさんアワー』(1995年/The Geisha Girls)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『炎のおっさんアワー』(1995年)は、ダウンタウン(浜田雅功・松本人志)による音楽ユニット、The Geisha Girlsが放った最初にして最後のフルアルバムだ。坂本龍一が主宰するレーベル「gut」からリリースされた本作は、テイ・トウワによる先鋭的なラウンジ・ミュージックやヒップホップの意匠と、ダウンタウンの研ぎ澄まされた笑いのセンスが真っ向から衝突した、90年代カルチャーを象徴する怪作。アルバムは小林克也の軽妙なナレーションで幕を開け、ニューヨークの最先端サウンドを背景に、芸者姿の二人がシュールな掛け合いを繰り広げる「Blow Your Mind」へと繋がっていく。
音楽とコメディの複合体
坂本龍一が立ち上げたレーベルgütは、ただの音楽レーベルという枠組みを軽やかに超え、90年代の日本の音楽シーンが持っていたワクワクするような実験精神と、世界を見据えた洗練された感覚のシンボルだった。
大手であるソニー・ミュージックの傘下にありながらも、いわゆる商業主義とは少し距離を置き、彼自身の自由な音の実験場として機能していたことがとても興味深い。
中谷美紀や坂本美雨、テイ・トウワといった所属アーティストたちは、皆どこかYMOの遺伝子を受け継ぐ知的なポップスの後継者として美しく位置づけられている。
かつてロマンスが囁かれたこともある中谷や、実の娘である坂本美雨がここからデビューしていることもあり、レーベル全体にどこか親密でプライベートな温もりが漂っていた。その中でもひときわ異彩を放ったのが、お笑いコンビのダウンタウンによる音楽ユニット、The Geisha Girlsの存在である!
すべての始まりは、テレビ番組『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(1989年)の中で、松本人志がふと口にした「芸者ガールズという名前で音楽デビューしようや」という、たわいもない冗談だった。
しかし、この軽口から生まれたアイデアこそが、当時の日本において「テレビ的なおふざけ」と「本格的な音楽表現」の間に引かれていた境界線を、心地よく揺さぶるものとなったのである。
彼らが残した唯一のアルバム『炎のおっさんアワー』(1995年)は、単なるテレビの企画モノとして片付けてしまうにはあまりにも惜しい。それは、かつてスネークマンショーが見事に作り上げた「音楽とコメディの幸せな結婚」という表現スタイルの、正当な進化形として位置づけることができる。
このアルバムが我々に見せてくれたのは、スネークマンショーが持っていた皮肉の効いた笑いを、90年代という新しいメディア社会の空気に合わせて、アップデートしようとする試みだった。
情報が溢れ、テレビのノイズが日常を包み込んでいた時代に、彼らはあえて知性を感じるナンセンスという武器で、軽やかに遊んでみせたのだ。
ジャンル横断的実験精神
アルバムは、まさにそのスネークマンショーの顔だった小林克也のナレーションによって華麗に幕を開け、テイ・トウワの手掛けるエキサイティングなヒップホップ・トラック「Blow Your Mind」へと、怒涛の勢いでなだれ込んでいく。
当時のテイ・トウワは、世界的ヒットを飛ばしたDeee-Liteを脱退したのち、「東京から世界へ」というしなやかな感覚を、誰よりも早く、そしてクールに体現していた。
クラブミュージックやヒップホップ、ラウンジ音楽、そして最先端の電子音響。彼がこのプロジェクトに持ち込んだ圧倒的な国際感覚が、The Geisha Girlsを世界水準の気の利いたポップなジョークへと引き上げている。
デビューシングル『Kick & Loud』(1994年)の勢いをそのまま詰め込んだこのアルバムは、表面上は坂本龍一のプロデュースでありながら、実際にはテイ・トウワの先鋭的な音楽センスが色濃く反映されている。
彼は音楽だけでなくアート・ディレクションまでを手掛けており、実質的にはこの痛快な企みを裏で操るトータル・プロデューサーとして、大いに腕を振るっていた。
楽曲「少年」で聴けるまっすぐなフォークソングのような歌詞や、「ノメソタケ」で披露されるアート・リンゼイを彷彿とさせるボサノヴァの大胆なアレンジ、そしてあえてポルトガル語で歌い切るというチャーミングな無謀さ。
これらの要素はすべて、あらゆる音楽ジャンルを飛び越えていく実験の楽しさと、日本の大衆音楽に対する愛のあるユーモアが、見事に交差している証拠だろう。
さらに驚かされるのは、このアルバムの中に、当時J-POPシーンの頂点に君臨していた小室哲哉が手掛けた楽曲「炎のミーティング」が、しれっと収録されていることだ。
時代の寵児だった小室からの楽曲提供は、当時の音楽産業の巨大なシステムそのものを、逆手にとって面白がるような見事な演出でもあった。
いわゆるメガヒットの象徴だった小室サウンドを、坂本、テイ、そしてダウンタウンという少しひねくれた文脈の中にポンと放り込むことで、彼らは90年代のJ-POPのあり方を、笑いとともに批評してみせた。
ダウンタウンという類まれな才能の手にかかれば(そして90年代という寛容な時代においては)、「とびきり売れること」と「芸術的に遊ぶこと」は、なんの矛盾もなく共存できたのである。
ダウンタウン、坂本龍一、テイ・トウワによるポストモダン的実験
The Geisha Girlsの勢いは海を越え、なんとニューヨークでのシークレット・ライヴにまで出演を果たした。ステージ上でシンセサイザーやターンテーブルを前に涼しい顔で演奏する坂本とテイをバックに、ダウンタウンの二人が奇想天外なパフォーマンスを繰り広げる姿は、痛快そのものだった。
さらに伝説として語り継がれるのは、その年のNHK紅白歌合戦。浜田雅功がH Jungle with t名義で大ヒット曲『WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント』(1995年)を熱唱する中、応援に駆けつけた松本は、なんと白ブリーフに振り袖というThe Geisha Girlsの衣装でステージ乱入。国民的な音楽番組のど真ん中で、彼らが仕掛けた壮大な「芸術的イタズラ」が見事に炸裂した瞬間だった。
ここに息づいているのは、記号の遊戯である。彼らが笑いのめそうとしたのは、社会の矛盾や特定の業界などではなく、むしろ「大人たちが大金と知恵を使って、大真面目にふざけること」そのものを芸術へと昇華させてしまう、90年代特有のどこか無敵な空気感だったのではないだろうか。
アルバム『炎のおっさんアワー』は、90年代の日本だからこそ成立した音楽の冒険、お茶の間のバラエティ番組との奇跡的なリンク、そしてあらゆるジャンルをごちゃ混ぜにした極上のコラージュを、ひとつの箱にぎゅっと詰め込んだ、奇跡のような宝物である。
だからこそ、“90’s is not dead(90年代は死なず)”を心に掲げるかつてのサブカル・キッズたちは、今でもカラオケに行くと、つい嬉々としてThe Geisha Girlsを歌い上げてしまうのである。←僕のことです。
今になって振り返ってみると、この作品は、J-POPが最も眩しく輝いていた黄金時代のど真ん中にぽつんと現れた、数少ない反J-POP的ユートピアだったことに気づかされる。
笑いと音楽、天才芸人と知識人、そして莫大なビジネスと鋭い批評性。そのすべてが、肩書きを捨ててフラットに交じり合ったこのアルバムこそが、90年代の日本が持っていた自由で豊かな精神の、何よりの象徴なのだ。
- アーティスト/The Geisha Girls
- 発売年/1995
- レーベル/フォーライフミュージックエンタテインメント
- ジャンル/ヒップホップ、エレクトロニック、テクノ
- プロデューサー/坂本龍一、テイ・トウワ
- 1. ザ・ゲイシャ・ガールズ・ショウ・オープニング・テーマ
- 2. ブロウ・ユア・マインド~森オッサン・チョイチョイ・キリキリまい
- 3. 奥さん
- 4. plonge[']r
- 5. ノメソタケ~Minha Geisha
- 6. ステップナー
- 7. 少年
- 8. AGATTE
- 9. 「あ」研究家
- 10. おいちゃん
- 11. Damesska
- 12. monter sur la barre fixe
- 13. ビー玉
- 14. Yuji
- 15. 炎のミーティング
- 16. NAGOMI
- 17. ba[^]timent de l’e[']cole
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