聴く者をバッド・トリップさせる、至高なる夢幻世界
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの音楽は、だらしなく甘い。ずぶずぶと底なし沼に堕ちていくかのような、危険な甘さがある。身体がとろけるような感覚を味わってみたいなら、今すぐ彼らの最高傑作アルバム『Loveless』(1992年)を聴くべきだ。
製作期間は2年、作業に関わったエンジニアは16人、製作費には6000万円以上が投じられ、おかげで所属のクリエーション・レーベルが倒産の危機に瀕した、という笑えない逸話もあるくらい、気合い入れまくりのアルバムである。
アメリカの片田舎で出されるアップルパイのように甘ったるいフィード・バック・ノイズが、脳髄へダイレクトにプラグインされる。それはまるで、ケミカルに快感中枢をいじくられているかのごとく。
化学調味料をたっぷり含んだノイズ・ギターは、抗いきれない幻術を持って、暴力的にリスナーに襲い掛かってくる。そして僕たちを、霧の奥に佇むヴァギナ色に塗りたてられた桃源郷にいざなうのだ。至高なる夢幻世界へと。
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインが紡ぐサイケデリックな幻想世界は、バンドのフロントマンであるケビン・シールズの理想郷でもある。
あえてコード感が感じられないようにするために変則チューニングしたり、音を揺らすためにトレモロアームを使ってコードストロークしたり、ディストーションを強調するためのエフェクターを多用したり。
メロディアスな轟音、虚ろなコード進行。聴く者をバッド・トリップさせるために、ケビン・シールズは究極のサイケデアを完成させた。原色系の音色を奏でるフェンダーのジャズマスターで、多重録音を重ねに重ねる。
俗にシューゲイザー(Shoe gazer、すなわち靴を凝視するほど、ギターを弾くカッコウがうつむき加減だったことから、この名がついた)と呼ばれるこのムーヴメントの代表格として、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインはその地位を不動にした。しかし彼らは、この『Loveless』リリース直後に、長い長い沈黙に入ってしまう。
それから12年。ソフィア・コッポラが撮った映画『ロスト・イン・トランスレーション』(2004年)で、ケビン・シールズは久々にオリジナル・ヴォーカル新曲『City Girl』を発表した。
清濁併せのんだかのような、ドラマティックな展開とソリッドなシャープネスは健在。やはりこの甘さは危険だ。
- アーティスト/My Bloody Valentine
- 発売年/1992年
- レーベル/Sire
- No Ordinary Love
- Feel No Pain
- I Couldn’t Love You More
- Like a Tattoo
- Kiss of Life
- Cherish the Day
- Pearls
- Bullet Proof Soul
- Mermaid
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