現在最強のポップ・クイーンがこれまでのサウンドから遠く離れた、美しく静謐なアルバム
テイラー・スウィフトについて、正直今まであまり考えてこなかったし、アルバムを熱心に聴いてもいなかった。もちろん、彼女が2010年代で最も影響力のあるアーティストであることは間違いない。放っておいても、彼女のヒット・ソングは日常生活の中で耳に飛び込んでくる。
一応僕のiTunesリストには、『Shake It Off』や『Blank Space』といったヒット・ナンバーも入っている。しかし40を過ぎたオッサンには、ティーンエイジャー・ガールの恋愛観や人生観を軽快に歌われても、ただただ照れ臭いばかり。
それでも僕が彼女の楽曲を聴いているのは、現在進行形のヒット・ナンバーを定点観測したいという、「日経トレンディ」的スケベ心でしかなかった。
もともと彼女は、カントリー歌手としてキャリアをスタートさせている。2020年に配信されたNetflixオリジナル・ドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』を観れば、テネシー州ナッシュビルという保守層が多い地域で、彼女がどのようにしてキャリアを形成してきたが分かる。
2ndアルバム『Fearless』(2008年)を発表し、翌年には史上最年少でグラミー賞を受賞。4thアルバム『Red』(2012年)あたりからダンス・ミュージックを大胆に取り入れ始め、5thアルバム『1989』(2014年)の大ヒットでポップ・クイーンの座を不動にした。
そして同時に彼女は、自分の中でゆっくり育まれてきた社会に対する率直な想い…政治的なメッセージを打ち出すようになる。きっかけは、性的暴行の被害者として裁判に出廷したことだった。
女性やLGBTといったマイノリティの権利が不当に奪われていると実感した彼女は、2018年のアメリカ中間選挙で、地元テネシー州の共和党候補マーシャ・ブラックバーン(超保守派でトランプ支持者として知られている)ではなく、民主党候補の支持を表明。
「何が頭にくるかって、(彼女は)女性を暴力から守る案に反対した。ストーカーなどの犯罪から女性を守る法律よ。同性婚にも反対してる」
(『ミス・アメリカーナ』より)
かつてインタビューで「私は22歳の歌手だから、政治の話は求められていないのかと思ってる」と答えた女の子は、自分の言葉で政治を語り始めたのだ。
そして世界がパンデミックに覆われ、アメリカ大統領選挙を数ヶ月先に控えた2020年7月24日。リリースの数時間前になって、電撃的に発表されたサプライズ・アルバムがこの『folklore』(2020年)である。
もちろん、現在の彼女ならもっとポリティカルなメッセージを含んだ作品をリリースすることもできただろう。だが30歳となった2020年に彼女が選択したのは、民間伝承(=folklore)と題された、美しく静謐なアルバムだった。
現在最強のポップ・クイーンがこれまでのサウンドから遠く離れ、インディー・フォークに近接したアルバムを創ったことに、まず驚かされる。まさか彼女がボン・イヴェールとコラボする日が来ようとは!
しかも、プロデューサーとして名前を連ねているのは、The Nationalのアーロン・デスナー。彼もまた、ボン・イヴェールと同じくローファイなインディー・ロックを志向するアーティストだ。『レヴェナント 蘇えりし者』(2015年)のサウンドトラックを、坂本龍一らと共作したことでも知られている。
楽曲制作は、遠隔でのファイル交換やメッセージアプリなど、徹底したソーシャル・ディスタンス下で行われた。商業主義とは背を向けるかのような、音色を徹底的に排除したサウンド。まるで御伽噺のような、幻想的なリリック。
コロナによって世界が少しづつ衰弱していくなか、テイラー・スウィフトは声高にトランプ批判を叫ぶのではなく、救いを神話に求めた。ここには、溢れるイマジネーションから紡ぎあげられた、美しくも儚い寓話たちが収められている。
- アーティスト/テイラー・スウィフト
- 発売年/2020年
- レーベル/リパブリック・レコード
- The 1
- Cardigan
- The Last Great American Dynasty
- Exile (featuring Bon Iver)
- My Tears Ricochet
- Mirrorball
- Seven
- August
- This Is Me Trying
- Illicit Affairs
- Invisible String
- Mad Woman
- Epiphany
- Betty
- Peace
- Hoax
最近のコメント