『folklore』(2020年/テイラー・スウィフト)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『folklore』(2020年)は、テイラー・スウィフトが新型コロナウイルスの世界的パンデミックに伴う自主隔離期間中に突如として制作・発表した通算8thアルバム。前作『Lover』(2019年)までのきらびやかなポップ・サウンドから一転して、ザ・ナショナルのアーロン・デスナーや盟友であるジャック・アントノフ、そしてボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンらを共同制作者やゲストに迎え、インディー・フォークやオルタナティヴ・ロックへと大胆に接近した。テイラー自身の私小説的な視点から離れ、架空の人物や出来事を描いた三人称視点のストーリーテリングが導入されていることが特徴。アコースティック・ギターやピアノを中心とした静謐なサウンドスケープと内省的な詞世界がかつてないほどの批評的賛辞を集め、第63回グラミー賞では年間最優秀アルバム賞を受賞した。
政治への目覚めとマイノリティへの連帯
テイラー・スウィフトについて、正直これまであまり考えてこなかったし、アルバムを熱心に聴き込むこともなかった。もちろん、彼女が2010年代で最も影響力のあるアーティストであることに疑いはない。放っておいても、彼女のヒットソングは日常生活のなかで自然と耳に飛び込んでくる。
僕のiTunesリストにも、「Shake It Off」や「Blank Space」といった大ヒット曲が一応入っている。しかし、40を過ぎたオッサンにとって、ティーンガールの恋愛観や人生観を軽快に歌い上げられても、ただただ照れ臭いというのが本音だ。
それでも彼女の楽曲を聴いていたのは、現在進行形のヒット曲を定点観測しておきたいという、「日経トレンディ」的なスケベ心からでしかなかった。
もともと彼女は、カントリー歌手としてキャリアをスタートさせている。2020年に配信されたNetflixオリジナル・ドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』(2020年)を観れば、テネシー州ナッシュビルという保守層が厚い地域で、彼女がいかにして独自のキャリアを築いてきたかがよく分かる。
2ndアルバム『Fearless』(2008年)を発表し、翌年には当時の史上最年少でグラミー賞の年間最優秀アルバム賞を受賞。4thアルバム『Red』(2012年)あたりからダンス・ミュージックを大胆に取り入れ始め、5thアルバム『1989』(2014年)のメガヒットによってポップ・クイーンの座を不動のものとした。
それと同時に彼女は、自身のなかでゆっくりと育まれてきた社会に対する率直な想い、すなわち政治的なメッセージを打ち出すようになる。大きな転機となったのは、性的暴行の被害者として自ら裁判に出廷したことだった。
女性やLGBTQ+といったマイノリティの権利が不当に奪われていると実感した彼女は、2018年のアメリカ中間選挙において、地元テネシー州の共和党候補であるマーシャ・ブラックバーン(超保守派でありドナルド・トランプ支持者として知られる)ではなく、民主党候補の支持を明確に表明する。
何が頭にくるかって、(彼女は)女性を暴力から守る案に反対した。ストーカーなどの犯罪から女性を守る法律よ。同性婚にも反対してる
(『ミス・アメリカーナ』より)
かつてのインタビューで「私は22歳の歌手だから、政治の話は求められていないのかと思っている」と答えていた女の子は、確固たる自分の言葉で政治を語り始めたのである。
コロナ禍におけるインディー・フォークへの接近
そして、世界がパンデミックに覆われ、アメリカ大統領選挙を数ヶ月先に控えた2020年7月24日。リリースのわずか数時間前になって電撃的に発表されたサプライズ・アルバムが、『folklore』(2020年)だ。
現在の彼女の立場と影響力からすれば、もっと直接的にポリティカルなメッセージを込めた作品をリリースすることもできただろう。しかし、30歳を迎えた彼女がこの年に選択したのは、民間伝承(=folklore)と名付けられた、美しく静謐なアルバムだった。
現代最強のポップ・クイーンがこれまでのきらびやかなサウンドから遠く離れ、インディー・フォークに肉薄した作品を創り上げたことに、まずは驚かされる。まさか彼女が、ボン・イヴェールとコラボレーションする日が来ようとは!
さらにプロデューサーとして名を連ねているのは、ザ・ナショナルのアーロン・デスナー。彼もまた、ボン・イヴェールと同じくローファイなインディー・ロックを志向するアーティストだ。
なお、『レヴェナント 蘇えりし者』(2015年)のサウンドトラックを坂本龍一らと共作したのは、アーロンの双子の兄弟でバンドメイトのブライス・デスナー。彼らが属するザ・ナショナルのシネマティックな音像は本作の確かな核となっている。
『folklore』の楽曲制作は、遠隔でのファイル交換やメッセージアプリなどを駆使し、徹底したソーシャル・ディスタンスの環境下で行われた。
これまでの商業主義に背を向けるかのように、派手な音色を削ぎ落としたサウンド。未知のウイルスによって世界が少しずつ衰弱していくなか、テイラー・スウィフトは声高に時の政権への批判を叫ぶのではなく、救いを神話や物語に求めたのである。
私小説から純文学への飛躍
そしてこのサウンドスケープの変化以上に特筆すべきは、彼女のソングライティングにおける視点の変化である。
これまでテイラー最大の武器は、その赤裸々な「自伝性」にあった。過去の恋愛相手への当てつけやメディアとの確執など、彼女の楽曲は常に「これは誰について歌っているのか?」というゴシップ的な消費と表裏一体だったと言える。だが、本作『folklore』において、彼女は初めて「私(テイラー自身)」という強固な主語から軽やかに離脱してみせたのだ。
例えば、アルバムの核をなす「cardigan」、「august」、「betty」の3曲は、ひとつの架空の三角関係を、それぞれの登場人物の視点から描いた連作短編小説のような構造を持っている。
あるいは「the last great american dynasty」では、かつて自身の豪邸に住んでいた実在の資産家、レベッカ・ハークネスの破天荒な生涯を客観的な視点から鮮やかに描き出している。
これまでは、良くも悪くも「若い女性の私生活の覗き見」を強要されているような居心地の悪さがあった。ティーンの恋愛ゴシップに付き合わされているような感覚だ。
しかし、彼女が「私小説」的なアプローチを捨て去り、架空のキャラクターを操る「純文学」的なストーリーテリングへと舵を切ったことで、僕の前に立ちはだかっていた“照れ臭さ”という障壁が見事に消滅したのである。
他者の視点を借りることで、皮肉にも彼女の持つ恐るべきソングライティング能力が完全に解放された。インディー・フォークという静謐でアコースティックなサウンドは、その物語を深く、静かに語るための必然的な舞台装置だったのだ。
彼女はパンデミックの静寂のなかで、世界最強のポップ・スターという着ぐるみから抜け出し、ひとりの偉大な語り部へと変貌を遂げた。だからこそこのアルバムは、世代や性別を超え、僕のような斜にかまえたリスナーの胸の奥底にも、冷たい雨のように静かに染み込んできたのである。
- アーティスト/テイラー・スウィフト
- 発売年/2020
- レーベル/リパブリック・レコード
- ジャンル/インディー・フォーク
- プロデューサー/アーロン・デスナー、ジャック・アントノフ、テイラー・スウィフト、ジョー・アルウィン
- 1. the 1
- 2. cardigan
- 3. the last great american dynasty
- 4. exile (feat. Bon Iver)
- 5. my tears ricochet
- 6. mirrorball
- 7. seven
- 8. august
- 9. this is me trying
- 10. illicit affairs
- 11. invisible string
- 12. mad woman
- 13. epiphany
- 14. betty
- 15. peace
- 16. hoax
- folklore(2020年)
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