『Legrand Jazz』──超豪華メンバーが集結したミシェル・ルグランの異色ジャズ名盤
『Legrand Jazz』(1958年)は、パリ育ちの音楽家ミシェル・ルグラン(Michel Legrand)が、マイルス・デイヴィスやコルトレーンら一流ジャズメンと組み、大量のアレンジ研究を重ねて生み出した作品。原曲を解体し、ヨーロッパ的感性で再構成した軽やかな響きには、映画音楽の旋律感とニューヨークでの録音が生んだ躍動が共存する。名手たちの参加と、50年代後半のクラブシーンの空気が交差し、ジャズ史の中で独自の存在感を放つ。
映画音楽家の顔の裏に潜む、知られざるジャズ・ピアニスト
ミシェル・ルグランという名を聞けば、多くの人がまず思い浮かべるのは、あの極彩色のミュージカル世界だろう。
『シェルブールの雨傘』(1964年)、『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)、『華麗なる賭け』(1968年)──シネマティックな夢と情緒を紡ぎ出した、まぎれもない20世紀映画音楽の金字塔である。
父は指揮者にして作曲家のレーモン・ルグラン、姉は名歌手クリスティアンヌ・ルグラン。パリ国立高等音楽院でピアノを磨き、クラシカルな血筋をそのまま音楽に昇華した、生粋のサラブレッド。
そんなルグランが、実はジャズ・ピアニストとしても卓越した腕を持っていたことは、驚くほど知られていない。だが、1958年に発表された『Legrand Jazz』は、その事実を一気に覆す一枚である。
アルバムのクレジットを眺めた瞬間、誰もが目を疑うはずだ。マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ドナルド・バード、アート・ファーマー、クラーク・テリー、ベン・ウェブスター、ポール・チェンバース、ビル・エヴァンス、ハンク・ジョーンズ……この豪華絢爛なラインナップが、まさか“ルグランのために”集結しているのである。
これは単なる企画盤ではなく、映画音楽家ルグランの“もうひとつの顔”が、一流ジャズメンたちの信頼に支えられて解き放たれた瞬間でもある。
ジャズの肉体を軽やかに脱色する──ヨーロッパ的感性の再構築
1950年代末のモダン・ジャズといえば、ハード・バップの黄金期。アスリートのように技巧が火花を散らし、肉体と精神の限界へ突っ込んでいく求道的なサウンドが主流だった。だが、ルグランはその文脈に真正面から乗らない。
彼がやっているのは、ハード・バップ的な力学をいったん解体し、ヨーロッパのエレガンスを通して再構築するという、とても大胆なアプローチだ。
その結果生まれた音楽は、スポーティーな競争の世界とはまったく異質のものになっている。軽快で洒脱、柔らかくて香り高い。ニューヨークのジャズが持つ“汗の匂い”が、ルグランの手にかかると、甘い香水のようにふっと拡散していくのだ。
ファッツ・ウォーラーの「The Jitterbug Waltz」、ディジー・ガレスピーの「Night In Tunisia」、セロニアス・モンクの「’Round Midnight」──いずれも歴史に刻まれた名曲だが、ルグランはそれらを大胆かつ品のある“再創造”として提示する。
ホーン・セクションのふくよかな響き、ストリングスの柔らかい陰影、丁寧に磨かれたアレンジの粒立ち。音色はスウィートでセンチメンタル、そしてほのかに官能を帯びている。
“パリの夜”の匂いが、アメリカのスタンダード曲に混ざり合う。それは決して希薄化ではなく、むしろ音楽が持つ感情の幅を広げる作用を与えている。
豪華メンバーを従えながらも、中心にいるのはルグランの感性
参加しているジャズメンの豪華さを考えれば、“スター揃いのセッション”を想像しがちだ。しかし『Legrand Jazz』を聴くと、中心に立っているのはあくまでルグランの美学だとすぐに分かる。
巨匠たちは、自分の個性を前面に押し出すのではなく、ルグランが描く色彩設計の中で流れるように演奏していく。これは驚くべきことだ。
通常、マイルスやウェブスター級のプレイヤーであれば、音楽の方向性を自ら引っ張っていく。だがこの作品では、彼らがルグランの世界観に自然と寄り添っている。
リズム陣も実にグルーヴィーで、跳ねるようなビートの心地よさはクセになるほどだ。とりわけM-5「Stompin’ At The Savoy」は、冒頭数秒で血流が加速する。スウィングの軽さと躍動、その“体が勝手に動く感じ”が完璧に封じ込められている。
- アーティスト/ミシェル・ルグラン
- 発売年/1958年
- レーベル/Polygram Records
- Jitterbug Waltz
- Nuages
- Night in Tunisia
- Blue and Sentimental
- Stompin’ at the Savoy
- Django
- Wild Man Blues
- Rosetta
- Round Midnight
- Don’t Get Around Much Anymore
- In a Mist
