罪なき中学生が次々と死んでいくことにカタルシスが感じられない、ロー・テンション・ムービー
前作は、生き残るために中学生同士が殺しあうという「暗い喜び」が画面を支配し、その大殺戮ぶりを楽しむべき映画だった。
物語はスカスカだが、ハッタリズムにおいては世界有数の監督である深作欣ニの馬力で、問答無用に押し切られてしまうんである。『魔界転生』(1981年)しかり、『里見八犬伝』(1983年)しかり。
プロットが荒唐無稽であればあるほど、深作の強引なまでの一本背負いが炸裂する。だから「人間が描けていない」といった批判の常套句はガン無視OK。肝心なのはテンションだ!!テンション!テンション!嗚呼テンション!
冒頭の上陸シーンが『プライベート・ライアン』(1998)の丸パクリなのも、ペアの片方が死ねばもう一人も爆死するという鬼畜な設定も超OK。心ゆくまで、血にまみれたR-15指定ドラマを堪能すべきである。
しかし、『バトル・ロワイアル2』がおそろしくつまらないのは、「人間が描けていない」ために登場人物に感情移入しづらいことではなく、「人間が描けていない」ため、罪なき中学生が次々と死んでいくことにカタルシスが感じられないことにある。
『仁義なき戦い』(1973年)の川谷拓三を例にあげるまでもなく、深作欣ニの真骨頂は、ザコキャラたちにも死にゆくドラマを与えていたことにある。しかし『バトルロワイヤル2』においては、匿名の少年少女が匿名のまま死んでいくのみ。
竹内力が劇中で「死に方に個性がない」と言っていたが、これはマジで「言いえて妙」なのだ。僕は、脚本を担当した深作健太本人が自嘲気味に独白しているんでは?と勘ぐったくらいである。
その原因は、撮影中に急逝した深作欣ニからバトンを受け継いだ実子・深作健太の演出力のパンチ不足もあるだろうが、ハッタリズムのドラマにリアリティーと普遍性を持たせようとしたことにあるような気がする。反米という直載なテーマを直載に描きすぎて、ドラマの虚構性が破綻してしまったのだ。
藤原竜也の「すべての大人たちに宣戦布告する」というメッセージは、それは言葉としては強いけど、それを支えるドラマツルギーが脆弱なために、跡形なく霧消してしまう。「9.11」という問題は、ハッタリズムで押し通せやしない。
たぶん深作健太は、頭で映画つくってるんじゃないかなあ。有無を言わさず突っ走るべき映画を、意匠惨憺して論理武装で固めた故に、かえってメッキが剥がされてしまったような映画。
でも何となくそーゆーのって気持ちが分かるし、僕とは同年代だし、健太氏にはこれからも頑張って欲しいと思う次第であります。
- 製作年/2003年
- 製作国/日本
- 上映時間/133分
- 監督/深作欣二、深作健太
- 脚本/深作健太、木田紀生
- 撮影/藤沢順一
- 照明/小野晃
- 美術/磯見俊裕
- 音楽/天野正道
- アクション監督/諸鍛冶裕太
- 藤原竜也
- 前田愛
- 忍成修吾
- 酒井彩名
- ビートたけし
- 末永遥
- 加藤夏希
- 前田亜季
- 竹内力
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