2025/8/11

『Lotus』(2025)Infloとの決別を経て花開く再生の物語

『Lotus』(2025)
アルバム考察・解説・レビュー

8 GOOD

リトル・シムズ(Little Simz)が2025年に発表したアルバム『Lotus』は、長年のパートナーであったプロデューサーInfloとの決別と法的トラブルを経て誕生した、再生と覚醒の物語である。ジャズ/アフロビートを軸にジャンルを横断する多彩なサウンドとともに、強靭なラップが刻まれる。

Infloとの決別と法的トラブル

リトル・シムズがInfloことディーン・ジョシア・カバーと出会ったのは、2010年代半ば。新進気鋭のラッパーと、SAULTの活動などで知られる辣腕プロデューサーは、2019年の『Grey Area』で本格タッグを組むことになる。

Grey Area
リトル・シムズ

Infloによって綿密に設計された重厚なドラムブレイク、ジャズ的な和声、ミニマルなサウンドプロダクション。そこに、シムズの切れ味あるラップと、内省的リリックが重なる。まさに最強コラボ。マーキュリー賞ノミネートをはじめ、このアルバムは批評家筋で高い評価を得た。

BeyoncéとThe-Dream、Kendrick LamarとSounwave、AdeleとGreg Kurstinにも負けないような、強力なアーティスティック・パートナーシップが誕生したのである。

続く『Sometimes I Might Be Introvert』(2021年)は、Infloがほぼ全曲をプロデュース。アフロビート/ストリングスとヒップホップを融合させた本作は、Little Simzのキャリアをネクスト・レベルへと導くアルバムとなった。

前作に比べてジャズやゴスペル色を強めた『No Thank You』(2022年)でも、Infloはトータル・プロデュースを担当。シムズのラップを前面に押し出す方向へと舵を切り、2人のコラボレーションはいよいよ円熟味を増していく。

NO THANK YOU
リトル・シムズ

だが、2024年に入ると両者の関係は一変。未返済の貸付金(約170万ポンド)をめぐって、法的闘争が巻き起こったのだ。長年にわたって築き上げてきた協力関係は、事実上終焉を迎えることに。

それは彼女にとって、新たな音楽的創造と再構築を促すものだった。

マイルズ・クリントン・ジェームズの招聘、Inflo時代からの脱却

そのような状況のなかで、彼女が指名した新しいプロデューサーが、マイルズ・クリントン・ジェームズ。ジャズ/アフロビート・シーンで、ギタリスト、プロデューサー、ソングライター、エンジニアとして活躍する人物だ。

マイルズと私は“lock in”(気持ちがぴったり合う)状態だった。彼とは自由にどの方向にでも行けると感じた。ヒップホップ的なビートに偏る必要もないし、オーケストラっぽくするのも、あるいはボサノヴァっぽくするのもいい。彼は何でも乗ってくれるし、私のリードにも快く合わせてくれた

とシムズは語る。ニューアルバム『Lotus』(2025年)で、Miles Clinton Jamesは13トラックすべてのプロデュース、およびエンジニアリングを担当。さらにギター、ドラム、ベース、シンセ、バックボーカルなども担当した。

新生リトル・シムズを高らかに宣言するこのアルバムは、サウンド面でInflo時代からの脱却が感じられる。オーケストラ/ストリングスの壮大なサウンドから、即興性重視のアンサンブルへ。緻密に構築されたビートから、ジャムセッション的グルーヴへ。

シネマティックかつ統一感あるサウンドデザインから、曲ごとにカラーが異なるジャンル横断型へ。ここには、「自由にどの方向にでも行ける」音楽で溢れている。

統一感あるサウンドデザインから、曲ごとにカラーの異なるジャンル横断型へ

『Lotus』は、シンセ音が霧のように漂うなか、マカロニ・ウエスタン調のギターがリフを刻み、シムズのラップが強烈に響く「Thief」で幕を開ける。「自分は抜け出せて幸運だった」、「奥さんには同情してる」といった非難の言葉が連なるThiefの正体とは、間違いなくInfloのことだろう。

そしてアルバムは、部族の戦歌を思わせるようなリズム、ズールー語のコーラス、雷鳴のようなドラムが組み合わさった「Flood」、ポストパンク風のベースライン、イントロで喉の調子を整えるユーモラスな演出が楽しい「Young」、ボサノヴァ的なリズムと澄んだ弦楽アレンジが心地いい「Only」、ハービー・ハンコック風味のグルーヴにサックスが絡む「Lion」、ディスコファンク調のビートが跳ねる「Enough」、アコースティックギターの音色にSamphaの幽玄的なコーラスが加わる「Blue」など、多彩なトラックが続いていく。

やはりハイライトはタイトル・トラックのM-11「Lotus」だろう。マイケル・キワヌカのコーラスとユセフ・デイズの躍動的なドラムにのせて、泥から蓮が咲くような再生と覚醒がラップされる。

そこには、泥沼のような精神状態から、光へと向かう意志が滲み出ている。シムズは過去の傷や葛藤を告白するだけでなく、それらを乗り越えて咲き誇る蓮のように、新しい自己を表現しようとしているのだ。

「泥の中から咲いた蓮」…その揺るぎない覚悟と美しさを聴き手に届けるこのトラックは、『Lotus』というアルバムの中心であると同時に、リトル・シムズが自分の存在を再定義する旅路のピースでもある。

DATA
PLAY LIST
  1. 1. Thief
  2. 2. Flood (feat. オボンジェイヤー、ムーンチャイルド・サネリー)
  3. 3. Young
  4. 4. Only (feat. リディア・キット)
  5. 5. Free
  6. 6. Peace(feat. モーゼス・サムニー、ミラ・メイ)
  7. 7. Hollow
  8. 8. Lion
  9. 9. Enough(feat. ユキミ・ナガノ)
  10. 10. Blood(feat. レッチ32、Cashh)
  11. 11. Lotus(feat. マイケル・キワヌカ、ユセフ・デイズ)
  12. 12. Lonely
  13. 13. Blue(feat. Sampha)
DISCOGRAPHY
  • Lotus(2025年/AWAL)