『Lotus』(2025)
アルバム考察・解説・レビュー
リトル・シムズ(Little Simz)が2025年に発表したアルバム『Lotus』は、長年のパートナーであったプロデューサーInfloとの決別と法的トラブルを経て誕生した、再生と覚醒の物語である。ジャズ/アフロビートを軸にジャンルを横断する多彩なサウンドとともに、強靭なラップが刻まれる。
Infloとの決別と法的トラブル
リトル・シムズがInfloことディーン・ジョシア・カバーと出会ったのは、2010年代半ば。新進気鋭のラッパーと、SAULTの活動などで知られる辣腕プロデューサーは、2019年の『Grey Area』で本格タッグを組むことになる。
Infloによって綿密に設計された重厚なドラムブレイク、ジャズ的な和声、ミニマルなサウンドプロダクション。そこに、シムズの切れ味あるラップと、内省的リリックが重なる。まさに最強コラボ。マーキュリー賞ノミネートをはじめ、このアルバムは批評家筋で高い評価を得た。
BeyoncéとThe-Dream、Kendrick LamarとSounwave、AdeleとGreg Kurstinにも負けないような、強力なアーティスティック・パートナーシップが誕生したのである。
続く『Sometimes I Might Be Introvert』(2021年)は、Infloがほぼ全曲をプロデュース。アフロビート/ストリングスとヒップホップを融合させた本作は、Little Simzのキャリアをネクスト・レベルへと導くアルバムとなった。
前作に比べてジャズやゴスペル色を強めた『No Thank You』(2022年)でも、Infloはトータル・プロデュースを担当。シムズのラップを前面に押し出す方向へと舵を切り、2人のコラボレーションはいよいよ円熟味を増していく。
だが、2024年に入ると両者の関係は一変。未返済の貸付金(約170万ポンド)をめぐって、法的闘争が巻き起こったのだ。長年にわたって築き上げてきた協力関係は、事実上終焉を迎えることに。
それは彼女にとって、新たな音楽的創造と再構築を促すものだった。
マイルズ・クリントン・ジェームズの招聘、Inflo時代からの脱却
そのような状況のなかで、彼女が指名した新しいプロデューサーが、マイルズ・クリントン・ジェームズ。ジャズ/アフロビート・シーンで、ギタリスト、プロデューサー、ソングライター、エンジニアとして活躍する人物だ。
マイルズと私は“lock in”(気持ちがぴったり合う)状態だった。彼とは自由にどの方向にでも行けると感じた。ヒップホップ的なビートに偏る必要もないし、オーケストラっぽくするのも、あるいはボサノヴァっぽくするのもいい。彼は何でも乗ってくれるし、私のリードにも快く合わせてくれた
とシムズは語る。ニューアルバム『Lotus』(2025年)で、Miles Clinton Jamesは13トラックすべてのプロデュース、およびエンジニアリングを担当。さらにギター、ドラム、ベース、シンセ、バックボーカルなども担当した。
新生リトル・シムズを高らかに宣言するこのアルバムは、サウンド面でInflo時代からの脱却が感じられる。オーケストラ/ストリングスの壮大なサウンドから、即興性重視のアンサンブルへ。緻密に構築されたビートから、ジャムセッション的グルーヴへ。
シネマティックかつ統一感あるサウンドデザインから、曲ごとにカラーが異なるジャンル横断型へ。ここには、「自由にどの方向にでも行ける」音楽で溢れている。
統一感あるサウンドデザインから、曲ごとにカラーの異なるジャンル横断型へ
『Lotus』は、シンセ音が霧のように漂うなか、マカロニ・ウエスタン調のギターがリフを刻み、シムズのラップが強烈に響く「Thief」で幕を開ける。「自分は抜け出せて幸運だった」、「奥さんには同情してる」といった非難の言葉が連なるThiefの正体とは、間違いなくInfloのことだろう。
そしてアルバムは、部族の戦歌を思わせるようなリズム、ズールー語のコーラス、雷鳴のようなドラムが組み合わさった「Flood」、ポストパンク風のベースライン、イントロで喉の調子を整えるユーモラスな演出が楽しい「Young」、ボサノヴァ的なリズムと澄んだ弦楽アレンジが心地いい「Only」、ハービー・ハンコック風味のグルーヴにサックスが絡む「Lion」、ディスコファンク調のビートが跳ねる「Enough」、アコースティックギターの音色にSamphaの幽玄的なコーラスが加わる「Blue」など、多彩なトラックが続いていく。
やはりハイライトはタイトル・トラックのM-11「Lotus」だろう。マイケル・キワヌカのコーラスとユセフ・デイズの躍動的なドラムにのせて、泥から蓮が咲くような再生と覚醒がラップされる。
そこには、泥沼のような精神状態から、光へと向かう意志が滲み出ている。シムズは過去の傷や葛藤を告白するだけでなく、それらを乗り越えて咲き誇る蓮のように、新しい自己を表現しようとしているのだ。
「泥の中から咲いた蓮」…その揺るぎない覚悟と美しさを聴き手に届けるこのトラックは、『Lotus』というアルバムの中心であると同時に、リトル・シムズが自分の存在を再定義する旅路のピースでもある。
- アーティスト/リトル・シムズ
- 発売年/2025
- レーベル/AWAL
- ジャンル/ヒップホップ
- プロデューサー/マイルズ・クリントン・ジェームズ
- 1. Thief
- 2. Flood (feat. オボンジェイヤー、ムーンチャイルド・サネリー)
- 3. Young
- 4. Only (feat. リディア・キット)
- 5. Free
- 6. Peace(feat. モーゼス・サムニー、ミラ・メイ)
- 7. Hollow
- 8. Lion
- 9. Enough(feat. ユキミ・ナガノ)
- 10. Blood(feat. レッチ32、Cashh)
- 11. Lotus(feat. マイケル・キワヌカ、ユセフ・デイズ)
- 12. Lonely
- 13. Blue(feat. Sampha)
- Lotus(2025年/AWAL)

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