『ワルキューレ』(2008年/ブライアン・シンガー)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『ワルキューレ』(原題:Valkyrie/2008年)は、第二次世界大戦末期のドイツを舞台に、クラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)が、ヒトラー暗殺と政権転覆を狙う「ワルキューレ計画」に身を投じる実話サスペンス。作戦参謀のオルブリヒト将軍(ビル・ナイ)、政治的パートナーとなるベック元参謀総長(テレンス・スタンプ)、そして軍内部の密かな協力者たちが、それぞれの信念と恐怖を抱えながら綱渡りのような計画を進めていく。
独裁体制の裏で蠢く暗殺計画
お恥ずかしい話だが、僕は歴史的背景について少しばかり浅学だったようだ。ナチス・ドイツの政権下において、アドルフ・ヒトラーの暗殺計画がなんと40回以上も企てられていたなんて、この映画を観るまですっかり知らなかった。
連合国軍による外部からの暗殺作戦はもちろんのこと、ドイツ国防軍の内部でも極秘裏にクーデターが画策されていたという事実は、歴史の面白さと複雑さを改めて教えてくれる。
当時の映像やプロパガンダを見ていると、ナチスは熱狂的な支持を集めた盤石の独裁体制であり、軍部も完全にヒトラーに心酔しきっていた一枚岩のように思えてしまう。しかし、水面下では一部の将校たちが祖国の破滅を危惧し、独裁者を排除するための命がけの計画を練り続けていたのだ。
数ある暗殺計画の中でも、歴史上最も有名で、かつ成功にあと一歩のところまで迫ったのが、クラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐を首謀者とする1944年7月20日の計画だ。
この「ワルキューレ作戦」というのは、もともとは連合軍の空襲や国内の労働者による反乱が起きた場合に備えて、政府機能を維持するために策定されていたドイツの治安維持行動マニュアル。
クーデター派の将校たちは、ヒトラーを爆殺した直後にこの作戦を意図的に発動させ、予備軍を動かしてSS(親衛隊)などの主要機関を一気に掌握し、暫定政権を樹立しようと目論んだ。
『ワルキューレ』(2008年)は、そんな歴史的クーデターの顛末を、シュタウフェンベルクの視点から思いっきりハリウッド的なエンターテインメント風味で映像化した作品である。
アメリカン・マッチョによるコスプレ劇
それにしても、典型的で明朗快活なアメリカン・マッチョの象徴であるトム・クルーズに、ドイツの誇り高き貴族将校を演じさせるというキャスティングは、大胆を通り越して無謀とすら言える。
北アフリカ戦線でイギリス軍の戦闘機から爆撃を受け、右手首と左手の薬指と小指、さらには左目を失うという痛ましい設定は、完全に史実に基づいたものだ。
しかし、彼が黒いアイパッチをつけ、精巧に仕立てられたナチスの軍服に身を包んでスクリーンに登場すると、どうにも「真面目に軍人を演じているトム・クルーズのコスプレ状態」に見えて仕方がなかった。彼が持っているスターとしての陽性のオーラが強すぎて、ドイツの暗く重苦しい時代背景からどうしても浮いてしまうのだ。
当然のごとく、映画は全編にわたって英語で進行していく。冒頭だけは「ここはドイツですよ」という言い訳のように申し訳程度にトムがドイツ語を喋っているが、すぐに画面が切り替わって英語劇へと移行する。
ハリウッドの戦争映画ではよくある手法とはいえ、周りを固めるイギリス人俳優たちが格調高いイギリス英語でドイツの将軍を演じている中で、トム・クルーズだけがいつものアメリカ英語でバリバリと喋りまくるものだから、スケールは壮大なのに、どこかバラエティー番組の豪華なコントを見せられているような嘘っぽさが漂ってしまう。
もともと、このシュタウフェンベルク役を演じるはずだったのは、ドイツ出身の実力派俳優トーマス・クレッチマンだったという。彼は本作にオットー・エルンスト・レーマー少佐役として申し訳程度に出演しているが、もし彼が当初の予定通り主役を務め、全編ドイツ語で製作されていたなら、映画のテイストはもっとヨーロッパ映画特有のヒリヒリとした重厚なサスペンスに変わっていたはずだ。
アメコミ的演出と、当代屈指の名優たちの無駄遣い
本作のメガホンを取ったのは、『X-MEN』(2000年)や『スーパーマン リターンズ』(2006年)などの監督を務め、すっかりアメコミ系ブロックバスターの牽引者となっていたブライアン・シンガーである。
彼はサスペンスの構築には定評がある監督だが、本作でもアメコミ映画で培った大仰な演出とケレン味に終始してしまっている。カメラワークは流麗で、セットも美術も非の打ち所がない。
しかし、そのグラフィック処理やライティングがどうにもゴージャスで洗練されすぎているのだ。『ヒトラー ~最期の12日間~』(2004年)のような、息が詰まるほどのリアリズムと泥臭さが必要な題材であるにもかかわらず、画面が綺麗すぎるせいで、ハリウッド映画的な嘘っぽさにさらに拍車がかかるという悪循環に陥っている。
しかも、脇を固めるキャストは信じられないほど豪華だ。ケネス・ブラナー、テレンス・スタンプ、トム・ウィルキンソン、ビル・ナイと、当代屈指の名優にしてイギリス演劇界の重鎮たちをこれでもかと揃えている。
彼らの顔面力と演技の重厚さは素晴らしいの一言だが、シンガー監督のコミックブック的な演出の中で、どこか「大作映画の駒」として機能させられている感が否めない。
これだけの役者を揃えておきながら、彼らの内面的な葛藤をもっと深く掘り下げることなく、サスペンスの進行装置として使い捨ててしまったのは、勿体ないことこの上ない。
ユナイテッド・アーティスツの落日
そして、この映画の背後にあるハリウッドのビジネス的な文脈を紐解くと、また別の残酷な物語が見えてくる。ここ数年のトム・クルーズの不振ぶりは、ちょっと心配になるレベルだ。
長年所属していたパラマウント・ピクチャーズから事実上の契約解除を言い渡された後、彼は長年のビジネスパートナーであるプロデューサーのポーラ・ワグナーと共に、名門映画会社ユナイテッド・アーティスツを再建し、その共同経営者に就任した。俳優としてだけでなく、スタジオのトップとして映画界に君臨しようとしたのだ。
しかし、彼らが鳴り物入りで製作し、この2年間でリリースした映画は、ロバート・レッドフォード監督と共演した社会派ドラマ『大いなる陰謀』(2007年)と、この『ワルキューレ』の2本のみである。
『大いなる陰謀』は興行的に大コケしてしまい、『ワルキューレ』も度重なる公開延期やゴシップ報道に振り回され、結果的に親会社であるMGMのご立腹を買う形になってしまった。その責任を取るかのように、盟友であるポーラ・ワグナーもユナイテッド・アーティスツのCEOの座からひっそりと降りてしまった。
かつては出演する映画すべてがメガヒットを記録し、絶対的な「トップガン」としてハリウッドの頂点に立っていた我らがトムは、映画会社の経営という重責を背負ったことで、完全にキャリアの岐路に立たされている。
自らが立ち上げたスタジオの屋台骨が揺らぐ中、彼は果たして次作にどのような映画をラインナップさせ、自らのスター性をどのように再定義していくのだろうか。
単なるエンターテインメント大作として消費するには、スクリーンから滲み出るトム・クルーズの「どうしてもこれを当てなければならない」という切実な焦燥感が、少しばかり痛々しく映る映画でもあった。
- 監督/ブライアン・シンガー
- 脚本/クリストファー・マッカリー、ネイサン・アレクサンダー
- 製作/ブライアン・シンガー、クリストファー・マッカリー、ギルバート・アドラー
- 製作総指揮/クリス・リー、ケン・カミンス、ダニエル・M・シャイダー、ドワイト・C・シェアー、マーク・シャピロ
- 撮影/ニュートン・トーマス・シーゲル
- 音楽/ジョン・オットマン
- 編集/ジョン・オットマン
- 美術/リリー・キルバート、パトリック・ラム
- 衣装/ジョアンナ・ジョンストン
- ユージュアル・サスペクツ(1995年/アメリカ)
- スーパーマン リターンズ(2006年/アメリカ)
- ワルキューレ(2008年/アメリカ)
- ボヘミアン・ラプソディ(2018年/アメリカ)
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