デヴィッド・リンチや鈴木清純の系列に連なる、黒澤明的アート・フィルム
60年代後半~70年にかけての黒澤明は絶不調だった。
準備していた『暴走機関車』(1985年)が製作方針を巡ってアメリカのプロデューサーと激突、ピーター・フォークとヘンリー・フォンダという二大スターの出演をとりつけていたにも関わらず企画が流れてしまうし(その後、アンドレイ・コンチャロフスキー監督が黒澤の脚本を元に映画化した)、総監督を務めるはずだった『トラ・トラ・トラ!』(1970年)は20世紀フォックスと大モメにモメて、監督を降板させられてしまう。
かつて天皇とも称された男は、その精神的打撃から自殺未遂事件を起こすまでに至るのだ。そんな紆余曲折を経て製作された『どですかでん』(1970年)は、彼にとって初のカラー映画。
日本映画界に活を入れるべく結成された、木下惠介、市川崑、小林正樹、そして黒澤による芸術家集団「四騎の会」の初企画作品でもある。
黒澤はこの一本に己の復活を賭けていたし、ブランニューな黒澤フィルムを疲弊した映画界に提示しようと息巻いていた。果たして完成した作品は、宮藤官九郎が「パンク映画」と称したほどの、ポップなカラーリングとラディカルなストーリーに彩られた一大絵巻だったんである。
存在しない電車を走らせる少年、年中酔っぱらっている日雇人夫、顔面神経痙攣症の男、町中の男たちと関係を持つ浮気性の女、空想のなかで理想の家を建てる乞食親子。はっきりいってこの映画、デヴィッド・リンチもびっくりなくらいに奇人・変人を取り揃えたフリークス・ムービー。
にも関わらず原作が山本周五郎なもんだからペーソス溢れる人情映画テイストも濃厚だったりして、はっきりいって無茶苦茶である。そのカオスっぷりが魅力といえば魅力的だし、破綻していると言えば破綻している。
個人的に興味を覚えたのが、昼間から酒をかっくらっている伯父に押し倒されて妊娠してしまう、悲惨極まりない女性・かつ子のエピソード。
色とりどりの花に囲まれて、やや大根系の太腿を露わにする彼女を真上から捉えたショットは、まるで鈴木清純の映画のごときエロスとデカダンスに溢れていて、にわかに黒澤映画とは思えないほどだ。
『どですかでん』には男性的・躍動的な黒澤タッチとは異質の、デヴィッド・リンチや鈴木清純の系列に連なるアート・フィルム的相貌が刻印されている。だが最後の最後で黒澤的な倫理が働いて、映画を通俗化しようとするサービス精神をも感じるのだ。
娯楽映画にも芸術映画にも振り切らない妙な“居心地の悪さ”は、ある意味で黒澤明の非凡なバランス感覚ゆえなのである。
- 製作年/1970年
- 製作国/日本
- 上映時間/126分
- 監督/黒澤明
- 製作/黒澤明、松江陽一
- 原作/山本周五郎
- 脚本/黒澤明、小国英雄、橋本忍
- 企画/黒澤明、木下恵介、市川崑、小林正樹
- 撮影/斎藤孝雄、福沢康道
- 音楽/武満徹
- 美術/村木与四郎、村木忍
- 編集/兼子玲子
- 録音/矢野口文雄
- 頭師佳孝
- 菅井きん
- 加藤和夫
- 伴淳三郎
- 三波伸介
- 芥川比呂志
- 奈良岡朋子
- 三谷昇
- 井川比佐志
- 沖山秀子
- 田中邦衛
- 吉村実子
- 松村達雄
- 山崎知子
- 渡辺篤
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