HOME > MUSIC> Mellow Waves/コーネリアス

Mellow Waves/コーネリアス

『Mellow Waves』──コーネリアスはなぜ、再び“歌”へと帰還したのか?

『Mellow Waves』(2017年)は、コーネリアス(Cornelius)こと小山田圭吾が前作『Sensuous』(2006年)から約10年ぶりに発表した6作目のアルバム。これまで音の構造や配置を追求してきた彼が、本作では“歌”という表現へ回帰。全11曲中10曲がヴォーカル曲で構成され、「あなたがいるなら」「未来の人へ」などで繊細なメロディとリズムのずれが生む独自のグルーヴを展開する。ジャケットは銅版画家・中林忠良による作品で、腐食による線の偶然性が音楽の不確定性と共鳴。抽象的サウンドデザインから具象的な表現へと向かう過程が記録されている。

十年の沈黙を破る“歌”──ポスト・ポップとしての回帰

前作『Sensuous』(2006年)から実に十年半。コーネリアスこと小山田圭吾が放った6作目のアルバム『Mellow Waves』(2017年)は、彼自身のキャリアにおける大きな転換点となった。

これまでのコーネリアスは、サウンドを“構造”として分解・再構築し、ポップスの文法を遠心的に解体してきた。『Point』(2001年)や『Sensuous』におけるミニマルな音響構築は、もはやメロディよりも“音の配置”そのものを主題化していた。しかし、『Mellow Waves』で彼は思いがけない方向へと舵を切る――“歌”への回帰である。

本作でインストゥルメンタルはM-4「Surfing on Mind Wave pt.2」ただ一曲。他はすべてヴォーカル曲で占められる。本人もインタビューでこう語っている。

「今回は歌ものが良いかなと思って。ここ数作は声を分解して使ってきたけど、今回は線や面、曲線のような要素が欲しかった。やっていなかった“自分で歌う”という行為にフォーカスしたかったんです。」

この「線」や「面」という言葉が象徴的だ。音を点描として並置していた過去作から、旋律=曲線という有機的な形へ。すなわち、“音楽を描く”行為そのものへの回帰だ。

ズレの美学──不確定性が生むグルーヴ

ただし、コーネリアスの“歌モノ”は、決してポップスの定型に安住しない。リスナーを心地よく導くはずのメロディラインの下には、意図的なズレと不安定さが張り巡らされている。

オープニング・トラック「あなたがいるなら」はその象徴だ。キックが1拍目、スネアが3拍目で律動を刻むが、シンセサイザーやギターの音色が半拍ずつ遅れ、リズムが微妙に噛み合わない。結果、グルーヴが絶妙に歪み、時間そのものがたわむような感覚を生み出す。

M-3「未来の人へ」ではギターのフレーズがドラムの後拍から滑り込み、拍子感を曖昧にする。この“わずかな遅延”こそ、コーネリアスの音楽的倫理の核である。秩序の上に配置された不確定性。完璧な構造に、意図的なズレを与えることで、音楽は初めて呼吸をはじめる。

本人もインタビューでこう語っている。

「『Point』や『Sensuous』では音を点として捉えたけど、今回は線や曲線。鳴っている音の中に不確定要素を入れたかった。その線や曲線こそが“Wave(波)”でありメロディなんです。」

“Wave”という語には、音の揺らぎだけでなく、時間と身体の変化までが含まれている。小山田にとってメロディとは固定化された旋律ではなく、流動するプロセスなのだ。

この“ズレ”の手法は、単なるテクニックではなく哲学的な操作でもある。完全に整えられた世界にわずかな誤差を挿入すること――それは現代社会における人間の存在の不安定さを音として可視化する行為でもある。

音楽的秩序と偶然の共存。それがコーネリアス流の“調和”なのだ。

具象への漂流──波が描く人間の輪郭

『Mellow Waves』には、“人”が戻ってきている。声、呼吸、温度。これまでの冷ややかなサウンドデザインの中に、明確な具象が立ち上がる。

『あなたがいるなら』や『いつか / どこか』には、微かな情感のうねりがある。聴き手の耳に寄り添うメロディが、これまでのコーネリアス作品にはなかった親密さを生み出している。

この変化はアートワークにも表れている。ジャケットを手がけたのは、小山田の叔父で銅版画家の中林忠良。深い陰影と柔らかな腐食線が印象的な作品だ。

銅版画は腐食液によって線が予測不能に変化する“不確定性の芸術”であり、それは小山田が『Mellow Waves』で追求した音の在り方と美しく共鳴している。制御と偶然、設計と偶発――その境界線で揺れることこそ、彼の表現の本質なのだ。

“点”の集合体であった『Point』や『Sensuous』が、無機的な透徹性を極めた“抽象画”だとすれば、『Mellow Waves』はそこに初めて具象的な身体を描き入れた“肖像画”。

音の粒が血肉を持ち、リスナーの感情を直接刺激する。サウンドデザインの透明さはそのままに、旋律が波のように寄せては返す。小山田圭吾は、抽象の果てに再び“歌”を発見したのだ。

10年の歳月を経て、コーネリアスはミクロの構造を超え、音そのものを“生きるもの”として鳴らしはじめた。『Mellow Waves』とは、冷静な知性と熱を帯びた情感が交錯する、現代音楽のひとつの到達点である。

それは、完全な構造の中に人間の“揺らぎ”を残すための、美しい設計図なのだ。

DATA
  • アーティスト/コーネリアス
  • 発売年/2017年
  • レーベル/ワーナーミュージック・ジャパン
PLAY LIST
  1. あなたがいるなら(If You’re Here)
  2. いつか / どこか(Sometime / Some Place)
  3. 未来の人へ(Dear Future Person)
  4. Surfing on Mind Wave pt 2
  5. 夢の中で(In a Dream)
  6. Helix / Spiral
  7. Mellow Yellow Feel
  8. The Spell of a Vanishing Loveliness
  9. The Rain Song
  10. Crépuscule