イングリッド・バーグマン vs. リヴ・ワルマン 母娘の心理バトル
「愛憎」という言葉が直裁に明示するように、愛することと憎むことは実は同義である。一切の虚飾をかなぐり捨てて、本音で母と娘がぶつかりあう『秋のソナタ』(1978年)は、まさしくヒリヒリするような愛憎劇だ。
自己愛でのみ自分を補完し、娘に愛情を注げなかった母親=イングリッド・バーグマンと、己の器量と容姿にコンプレックスを抱き、愛を欲しながらそれを補完できなかった娘=リヴ・ワルマン。「あなたを愛している」という言葉と「あなたを憎んでいる」という言葉が、打ち返す波のごとく交互に押し寄せる。
娘は退行性脳性麻痺に苦しむ妹ヘレナを預かっているのだが、うがった見方をすればこの慈善的行為も、家庭を捨てて愛人の元に走った母親を心理的に攻撃するための手段というような気もしてくる。
ベッドを抜け出して「ママ、ママ」と叫ぶヘレナと、全くそれには気づかず激しい口論を繰り広げるイングリッド・バーグマンとリヴ・ワルマンをカットバックで繋いでいるのは、心理的に隠蔽された事実を露悪的に描き出したかったからだ。
舞台劇的とも評されるベルイマンの演出だが、本作では絶妙なフレーミングにより、極めて映画的な効果を生み出している。
例えば、「ショパンの前奏曲集作品28番」をピアノで弾くシーン。「はじめは抑圧された苦悩、そして一瞬の安らぎ…しかしまた苦悩の世界に戻る」と、母は客観的な解釈を交えながらショパンを力強く弾く。それはまるで、甘ったるい感傷性に浸った娘の演奏をなじるかのごとく。
やがてカメラは、老いてなお燃えるような美しさをたたえるイングリッド・バーグマン越しに、お世辞にも美しいとは言えないリヴ・ワルマンのクローズアップを捉え、同一のフレームに二人を閉じ込めてしまう。残酷なまでに対比効果をもたらすショット。
イングリッド・バーグマンが、ロベルト・ロッセリーニの『無防備都市』(1945年)を見て感動し、家庭を投げ捨ててイタリアにいる彼の元に走った、というエピソードは超有名。そんな彼女に、「駆け落ちをして家庭を捨てた過去を持つ世界的ピアニスト」という役柄をオファーしてしまうベルイマンって、やっぱすごいと思う。
スウェーデン最大の女優を捕まえて、過去の過ちを問いただすかのような状況を設定してしまうんだから。まあ、それを受け入れてしまうバーグマンもすごいけど。
ちなみに『秋のソナタ』を鑑賞したオードリー・ヘップバーンは、リヴ・ウルマン演じる娘の役と、自分の境遇があまりにもソックリだったので、いたたまれなくなったそうである。
僕のような鈍感中年男性には皆目見当もつきませんが、多かれ少なかれ、母娘というものは愛憎渦巻く関係なのかもしれない。
- 原題/Ho¨stsonaten
- 製作年/1978年
- 製作国/スウェーデン
- 上映時間/92分
- 監督/イングマール・ベルイマン
- 脚本/イングマール・ベルイマン
- 撮影/スヴェン・ニクヴィスト
- 美術/アンナ・アスプ
- 衣装/インガー・ペルソン
- 編集/シルヴィア・イングマーシッドッテル
- イングリッド・バーグマン
- リヴ・ウルマン
- レナ・ニーマン
- グンナール・ビョルンストランド
- エルランド・ヨセフソン
- ハルヴァール・ビョルク
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