『Rose in the Dark』(2020)
アルバム考察・解説・レビュー
『Rose in the Dark』(2020年)は、イギリス出身のシンガーソングライター、クレオ・ソル(Cleo Sol)によるデビュー・アルバム。気鋭のプロデューサー、インフロ(Inflo)を迎えた本作は、70年代ソウルやジャズ、レゲエのエッセンスを現代のネオ・ソウルの文脈で見事に再構築した、オーガニックで温かみのあるサウンドが特徴。情報過多に疲弊した現代人に深く寄り添う「魂の救済」と自己受容のメッセージが極上の癒やしとして熱狂的な支持を集めた、2020年代R&Bのマスターピースである。
世界が停止した日に産み落とされた奇跡のソウル
2020年という年は、人類にとって未曾有の暗黒期だった。しかし、その深い闇の中に一輪の美しい薔薇が咲き誇っていた事実を、我々は絶対に忘れてはならない。
イギリス出身のシンガー・ソングライター、クレオ・ソルが放ったデビュー・アルバム『Rose in the Dark』(2020年)。本作は、新型コロナウイルスのパンデミックにより世界中がロックダウンへと突入したまさにその時期、2020年3月末にひっそりとリリースされたのだ。
未曾有のパニックの中、クレオ自身もこのタイミングでのリリースを躊躇したという。しかし、彼女は自身のInstagramで「私のアルバムはあなたを元気づけ、感動させ、この瞬間を乗り越えるためのBGMになるためにここにある」と語り、リリースを決断。
この圧倒的な他者への愛と祈りこそが、本作の核心である。不安と恐怖に怯えるリスナーたちの耳に届いたのは、オーガニックで温かみのあるネオ・ソウルの調べと、どこまでもシルキーで深い慈愛に満ちたクレオの歌声だった。僕自身、このアルバムにどれだけ救われたことか。
オープニングを飾る「One Love」の第一音から、我々は彼女の張る安全な結界へと招き入れられる。アコースティックギターの爪弾きと、耳元で囁くようなボーカルが交差する瞬間、世界中のノイズがふっと消え去るのだ。
続く「Why Don’t You」は、個人的に愛してやまない本作屈指の名曲。極限まで無駄を削ぎ落とした空間に響き渡るレイドバックしたピアノと、オーガニックで美しいパーカッションの絡み合いは、聴く者の心臓の鼓動と完璧にシンクロし、深い没入感と至福の時間を約束してくれる。
商業的なプロモーションなど一切なし。SNSでバズるためのキャッチーなギミックも皆無。ただひたすらに「個人の魂の救済」に向けられたこの音楽は、結果として世界中の音楽ファンから熱狂的な支持を集めることとなった。
エリカ・バドゥやスティーヴィー・ワンダーの系譜を継ぐ、圧倒的なクオリティ。それは情報過多な現代社会において、喧騒から離れ、自らの内面と深く向き合うための「安全な避難所」として機能したのである。これぞまさに、音楽が本来持つべき根源的なパワーの証明ではないか!
天才インフロとの邂逅がもたらした魂の解放
かつて音楽業界の商業的な搾取やプロデューサーとの人間関係に疲弊し、一時は音楽から離れることすら考えていたというクレオ。そんな彼女を深い絶望の淵から救い出したのは、プロデューサーであり彼女のパートナーでもあるインフロだった。
彼女は後に「彼との出会いで、自己限定的な信念を手放すことができた。彼と音楽を作ることは夢の実現だ」と語っている。単なるビジネスパートナーの枠を完全に超越し、深くスピリチュアルな次元で共鳴し合った二人の関係性が、本作の隅々にまで強烈な生命力を吹き込んでいる。
インフロのプロダクションはまさに魔法。生楽器の温もりを最大限に活かしたミニマルかつオーガニックな音作り。ピアノの柔らかなタッチ、コンガの土着的なリズム、そして優しく包み込むようなストリングスアレンジ。それらすべてが、クレオの繊細なボーカルを際立たせるためだけに、計算し尽くされた極上のバランスで配置されている。
その奇跡の音響空間を最も堪能できるのが中盤のハイライト、M-6「When I’m in Your Arms」である。まるで70年代のソウル・シネマを観ているかのような壮大なストリングスと、土臭いベースラインの絡み合いは鳥肌モノ。
そこに重なるクレオのボーカルは、力強さと脆さが同居する唯一無二の響きを持っている。さらにM-3「Young Love」で見せる、ジャズとラテンを横断するような軽やかなグルーヴ感もたまらない。
肩の力が抜けたソウルと評されるそのサウンドは、決して派手さはないが、聴けば聴くほどに底知れぬ深みへとリスナーを誘っていく。この奇跡的な音の錬金術こそが、本作を2020年代を代表するR&Bのマスターピースへと押し上げている最大の要因なのである。
暗闇の中で光を見出すための普遍的アンセム
本作のタイトルであり、表題曲でもあるM-5「Rose in the Dark」という言葉には、クレオ・ソルの人生哲学そのものが凝縮されている。
「暗闇がなければ、太陽はその光を見せることはできない」。哀愁漂うアコースティックな響きから始まり、徐々に熱を帯びていくこの楽曲で、彼女は自らの過去のトラウマや心の傷を包み隠さず音楽に昇華させ、我々に自己受容の尊さを力強く訴えかけてくる。
このアルバムには、現代人が見失いがちな、立ち止まる勇気が満ち溢れている。めまぐるしく変化するポップカルチャーの消費スピードに真っ向から抗うように、彼女は自らのペースで、自らの真実のみを歌い紡ぐ。
後半に配置されたM-9「Sure of Myself」のリズミカルな高揚感。「大衆に迎合するな、心を痛めるくらいなら笑っていたほうがいい」。彼女の紡ぐリリックは、情報に溺れ、他者の評価に縛られて身動きが取れなくなっている我々の心を、驚くほど優しく、そして鋭く貫く。
ここには、ブラック・ミュージックの豊かな歴史と伝統への深い敬意が根底に流れている。レゲエ、ジャズ、モータウン・サウンドといったルーツ・ミュージックの芳醇なエッセンスを、現代的なネオ・ソウルの文脈で見事に再構築してみせた彼女の手腕は、まさに圧倒的の一言に尽きる。
『Rose in the Dark』は、パンデミックという特異な時代背景の中で産み落とされた作品でありながら、10年後、いや50年後に聴いても全く色褪せることのない普遍的な輝きを放ち続けている。
- アーティスト/クレオ・ソル
- レーベル/Forever Living Originals
- ジャンル/ネオ・ソウル,R&B
- プロデューサー/インフロ
- One Love
- Why Don't You
- Young Love
- Rewind Rose in the Dark
- When I'm in Your Arms
- Sideways
- Butterfly
- Sure of Myself
- I Love You
- Her Light
- Rose in the Dark(Forever Living Originals)
![Rose in the Dark/クレオ・ソル[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/71r4AdsOAqL._AC_UL640_FMwebp_QL65_-e1770767475426.webp)