SF映画のクラシック作品、『蠅男の恐怖』のリメイク。しかし監督を務めるのがデヴィッド・クローネンバーグだから、尋常な出来ではない。
テレポーテーション(物質転送)の実験中、一匹のハエがまぎれこんだことにより、遺伝子レベルでハエとを融合してしまった男の悲劇なんだが、ホラー映画としての骨格を有しつつ、ラブストーリーとしても機能している。言うならばこの映画、「SFホラー的ラブストーリー グロテスク風味」なのだ(何のこっちゃ)。
クローネンバーグが描出するグロさは、例えばジョージ・A・ロメロやダリオ・アルジェントといった作家のグロさとは根本的に異なる。彼等のグロテスク描写は、観客の不安を掻立てるための外面的なショック演出にしか過ぎない。
しかしクローネンバーグの場合、それは外科医が切開手術をするような冷徹さを持って描かれ、日常の一コマにそっと忍び寄んでくる。理系的グロと言うべきか、インテリ系グロと言うべきか。
しかも主役を演じるのがクドさではハリウッド屈指のジェフ・ゴールドブラムなもんだから、クドさとグロさでもうお腹いっぱい。濃厚すぎて、食あたりをおこしそうである。しかしこのクドすぎる芝居は、実はストーリーをエモーショナルな方向へいざなう装置なのだ。
体裁はホラーだが、本質的に恋愛悲劇の骨格を有する『ザ・フライ』は、ニコラス・ケイジばりの“泣きの芝居”によってその哀しみが増幅される。可憐なジーナ・デービスのお腹にバケモノの子供が宿ってしまう、なんてキワモノな設定もクローネンバーグが仕掛けた装置の一つだ。
リトニア系ユダヤ人として生まれたクローネンバーグは、大学では生物学・生化学を専攻していたらしい。
しかし彼はやがてビートニク文学に傾倒するようになり、自ら映画製作に乗り出すまでに至る。授業で培った“現実性”と文学で培った“非現実性”が奇跡的な融合を遂げ、稀代のフィルムメーカーが誕生した。何だか、人間と蝿が転位装置によって融合してしまった本編にリンクしていはいないか?
人間ではない“何ものか”に変形することによって、ある種の超越感と虚無感を得、精神に異常をきたし、恋人と遺伝子レベルで合体せんと目論む男の物語。こんなトンデモSF話を、理路整然と語れる映画作家はクローネンバーグをおいて他にはいまい。
同じくダークサイドを描き続けるデヴィッド・リンチは、圧倒的なビジュアルで我々の“脳”を刺激するが、クローネンバーグは我々の“心”を揺さぶる。なぜなら、彼は実に古典的恋愛劇をSF的な意匠で語る作家だからだ。
理系グロなテイストは、そのデコレーションにしか過ぎない。
- 原題/The Fly
- 製作年/1986年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/97分
- 監督/デヴィッド・クロネンバーグ
- 製作/スチュアート・コーンフェルド
- 原作/ジョルジュ・ランジュラン
- 脚本/チャールズ・エドワード・ポーグ、デヴィッド・クロネンバーグ
- 撮影/マーク・アーウィン
- 音楽/ハワード・ショア
- 編集/ロナルド・サンダース
- ジェフ・ゴールドブラム
- ジーナ・デイヴィス
- ジョン・ゲッツ
- ジョイ・ブーシェル
- レス・カールソン
- ジョージ・チュヴァロ
- マイケル・コープマン
- デヴィッド・クロネンバーグ
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