『動く標的』(1966年/ジャック・スマイト)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『動く標的』(原題:Harper/1966年)は、ロス・マクドナルドの小説を名手ウィリアム・ゴールドマンの脚本、ジャック・スマイト監督で映画化したハードボイルド・ミステリー。ポール・ニューマン演じる私立探偵ルー・ハーパーが、行方不明の大富豪を捜索する過程で、カリフォルニアの富裕層が隠し持つドロドロの愛憎劇と密輸組織の陰謀に巻き込まれていく姿を活写する。かつてのハンフリー・ボガート的な無敵の探偵像とは一線を画す、ユーモアと弱さを併せ持った「等身大のタフガイ」を確立。ローレン・バコールやジャネット・リーら豪華女優陣の競演と共に、1960年代の変革期における新しい探偵映画の形を提示した。
酒も煙草も女も苦手な男が観る、タフガイの世界
僕は酒も煙草も女も苦手なタチなので、男のダンディズムが洪水のように溢れかえっている、泥臭くてタフガイな世界観にはどうも日常的に馴染めず生きている。しかし、なぜだかハードボイルドの代名詞とも言うべき、ロス・マクドナルド原作の映画『動く標的』(1966年)を思わず鑑賞してしまった。
主演は説明不要のスター、ポール・ニューマン。脚本はのちにニューマンも出演した『明日に向って撃て!』(1969年)や『大統領の陰謀』(1976年)でアカデミー脚本賞を受賞することになる名手ウィリアム・ゴールドマン。そして監督は、TVシリーズ『刑事コロンボ』の秀逸な演出なども手がけた職人ジャック・スマイトだ。
主人公の名前はルー・ハーパーに改名。これはニューマンが『ハスラー』(1961年)や『ハッド』(1963年)など、「H」から始まるタイトルの映画で立て続けに大成功を収めていたため、ゲン担ぎとしてプロデューサー陣が強引にタイトルと役名を変更したという、いかにもハリウッドらしいエピソードが隠されている。
ニューマンが体現する等身大のタフガイ
行方不明になった大富豪サンプソンの捜索を頼まれた私立探偵のルー・ハーパーが、クセモノ揃いの関係者を洗い出していくうちに、やがて事件の背後にドス黒い密輸シンジケートの存在を知る…というストーリー。
ロス・マクドナルドが得意とした「カリフォルニア・ゴシック」と呼ばれる、太陽が降り注ぐ西海岸の富裕層が抱えるドロドロの愛憎劇が見事に移植されている。
ただ、話の構造がドえらい錯綜しているうえに、テンポはF1レースのように速い。そのわりに、関係が冷め切っている別居中の奥さんと、急にヨリを戻そうとするシーンが前ぶれもなく挿入されたりするので、初見で物語の全貌についていくのに少々骨が折れる。
起伏に富んではいるが、個々の山場のスケールが小さすぎて、ドラマ全体としてのカタルシスはあまり感じられず。しかし、探偵があちこちを歩き回って無数のお使いをこなし、徐々に真相(というか人間のクズっぷり)に近づいていくという、これはハードボイルド作品の極めて典型的なフォーマットである。
レイモンド・チャンドラー原作の映画化作品のように、「筋書きの整合性よりも、探偵が誰と出会い、どう振る舞うか」を楽しむジャンル映画としては、これはこれで大正解の作りだろう。
主人公のハーパーは、朝っぱらからコーヒーの出がらしを再利用して愚痴をこぼすわ、妻には愛想を尽かされて三行半を突きつけられるわ、敵にはボコボコに殴られて気絶するわで、フィリップ・マーロウとはえらく違う。かつてのハンフリー・ボガートが演じたような、シニカルで常に状況をコントロールする無敵の探偵像はここにはない。
しかし、ニューマン特有の飄々としたユーモアと青い瞳の魅力によって、非常に人間味あふれるキャラクターに着地している。ガムをクチャクチャ噛み、軽口をたたきながら、どこか颯爽と事件の闇を泳いでいく姿は、泥臭いのにめちゃくちゃかっこいいのだ。
1960年代後半という、伝統的な権威やヒーロー像が揺らぎ始めた時代の空気を、ちょっと情けないが意地はある等身大のタフガイが見事に体現している。
豪華絢爛な女優陣と、港々に女がいる人生への憧れ
そして、ハードボイルド映画の華といえば、周囲を取り巻くファム・ファタールたち。本作は共演の女優陣も豪華絢爛だ。
アルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(1960年)で伝説のシャワーシーンを演じたジャネット・リーがハーパーの妻役を演じ、イヤな金持ち女をやらせたら天下一品のローレン・バコールが依頼人のサンプソン夫人を貫禄たっぷりに熱演している。
このバコールの起用は極めて象徴的だ。彼女はかつて『三つ数えろ』(1946年)でボガートと共演した、古典的フィルム・ノワールの生き証人。彼女がニューマンを雇うという構図自体が、40年代のハードボイルドから60年代の新しい探偵像へのジャンルの継承をメタ的に示している。
さらに、白いビキニを着てプールサイドでクネクネ踊るパメラ・ティフィンの小悪魔っぷりに目を奪われつつ、往年の二枚目スター、ロバート・ワグナーも胡散臭いパイロット役で登場する。
極めつけは、エリア・カザン監督の『エデンの東』(1955年)で可憐なヒロインだったのは遠い昔、今はすっかり落ちぶれたヤク中の歌手役をやらされてしまうジュリー・ハリスの怪演。役者のアンサンブルを見ているだけでもお釣りが来る。名カメラマン、コンラッド・L・ホールが捉えた、カリフォルニアの鮮やかな色彩と影のコントラストも素晴らしい。
それにしても一匹狼の私立探偵って、しょっちゅうボコボコにされながらも、古今東西の例にもれず結果的にめちゃくちゃモテるものなんですね。僕も将来は港々に女がいるような立派なタフガイになりたいと思います。
- 監督/ジャック・スマイト
- 脚本/ウィリアム・ゴールドマン
- 製作/ジェリー・ガーシュイン、エリオット・カストナー
- 制作会社/ワーナー・ブラザース
- 原作/ロス・マクドナルド
- 撮影/コンラッド・ホール
- 音楽/ジョニー・マンデル
- 編集/ステファン・アーンステン
- 美術/アルフレッド・スウィーニー
- 録音/フランシス・E・スタール
- 動く標的(1966年/アメリカ)
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