『青空娘』(1957)
映画考察・解説・レビュー
『青空娘』(1957年)は、大スター若尾文子を真の意味で覚醒させた青春映画の金字塔。源氏鶏太の原作をベースにしながらも、従来の日本映画が美徳とした「耐え忍ぶ女性像」を根底から覆し、欲望に忠実で、スピード感溢れる強靭なヒロイン像を確立した。原色の青が印象的な大映カラーの映像美、そしてミヤコ蝶々ら怪優たちが織りなす生々しい人間模様。それまでの情緒的な家族劇を、乾いたモダニズムへと変貌させた本作は、公開から半世紀以上を経た今もなお、時代を突き抜ける圧倒的なエネルギーを放ち続けている。
大河ドラマ級の波乱万丈ドラマ
映画ファンにとって、増村保造という名前は“情念の塊”として響く。
『卍』(1964年)や『盲獣』(1969年)、『妻は告白する』(1961年)で見せた、執着、愛憎、そして皮膚にまとわりつくような濃厚なエロス。だが、そのイメージだけで彼を語ることは、この天才を片鱗だけでしか見ていないことになる。
初期の傑作『青空娘』(1957年)を観れば、彼の本質が湿った情念ではなく、むしろそれを焼き尽くすドライな生命力にあることが分かるはずだ。
本作は、増村がイタリア留学から帰国して間もない時期に撮られた青春映画。ここには、後の作品に見られるような閉鎖的な息苦しさは微塵もない。あるのは、突き抜けるような青と、台風のような風通しの良さだけだ。
日本の伝統的な「耐え忍ぶ美徳」や「湿っぽい情緒」を、増村はイタリア仕込みの合理精神とスピード感で粉砕する。これは単なるアイドル映画ではない。日本映画が抱えていた「ジメジメした因習」に対する、最もポップで過激な宣戦布告なのだ。
本作の凄まじさは、その脚本構成(脚本:白坂依志夫)の密度にある。上映時間はわずか88分。現代の映画なら導入部だけで終わってしまうような尺の中に、大河ドラマ級の波乱万丈が詰め込まれている。
88分間のタイムアタック
増村保造は、観客に感傷に浸る隙を一切与えない。そのスピード感は、まるでRTA(リアルタイムアタック)のゲーム実況を見ているかのよう。具体的に、この88分で何が起きるのか整理してみよう。
1.出生の秘密: 伊豆のお婆さんが臨終の枕元で「お前の本当の母は東京にいる」と爆弾発言をして死去。
2.上京と絶望: 即座に上京するも、実父は出張中。継母と異母兄妹から女中扱いされる地獄のスタート。
3.孤立と味方: 家族全員が敵かと思いきや、女中と出入りの魚屋だけが味方になる(この階級闘争的視点!)。
4.濡れ衣と追放: 義姉・照子の嫉妬により泥棒扱いされ、ブチ切れて家を飛び出す。
5.下宿の修羅場: 憧れの二見先生の下宿に転がり込むが、隣人の自称恋人が乱入し、またも追い出される。
6.すれ違い: 旅費を借りて伊豆へ帰るが、なんと実母は入れ違いで東京へ行っていた。
7.自立: 再び上京し、キャバレーで働き始める。
8.大団円: 父の危篤、実母との対面、そして和解。
これだけのイベントを、息継ぎなしで走り抜ける。凡百の監督なら、「1.出生の秘密」だけで20分は使うはず。だが増村は、あっという間に有子(若尾文子)を上京させ、あっという間に孤立無縁状態を作り出す。
この感情のタメを排除した編集こそが、本作を湿っぽいメロドラマではなく、スポーツのような爽快なアクション映画へと昇華させているのだ。
若尾文子の覚醒と生命力
本作は、後に増村保造と黄金コンビを組み、日本映画史に残る傑作群を生み出すことになる大女優・若尾文子が、真の意味で覚醒した記念碑的作品である。
それまでの彼女は、大映が誇る清純派アイドルであり、美しく着飾られたお人形に過ぎなかった。しかし増村は、彼女の奥底に眠る野性を見抜いていた。撮影現場で彼は、若尾に対し「感情を入れて台詞を言うな」「もっと早く、息継ぎせずに喋れ」と、罵倒に近い指導を繰り返したという。
そのスパルタ指導が引き出したもの、それは“ふてぶてしさ”という名の生命力。有子は継母に「泥棒」と罵られ、家を飛び出すことになるが、決して悲劇のヒロインにはならない。彼女の瞳は常に前を見据えている。
だが、この映画を傑作たらしめている最大の功労者は、なんと言っても有子の味方となる女中の八重(ミヤコ蝶々)と、魚屋の哲五郎(南都雄二)だろう!!
当時、漫才コンビとして絶頂期にあった二人を、増村は有子の唯一の味方として配置。沢村貞子演じる継母たちが住む「虚飾のブルジョワ家庭」に対し、ミヤコ蝶々と南都雄二は、泥臭く、しかし温かい庶民のリアリズムを体現する。
特にミヤコ蝶々の演技は圧巻だ。継母たちの陰湿なイジメに対し、毒舌マシンガントークを交えながら有子を庇う姿は、観客の鬱憤を晴らすカタルシス装置となっている。僕は彼女の演技を見ているだけで、もう幸せです。
強烈ヒロイン・有子を取り巻く男性たちの配置もまた、この映画のモダンさを決定づけている。ここには、従来の日本映画にありがちな湿っぽい愛憎の匂いは微塵もない。
その最重要人物こそ、有子の恩師であり、東京でも彼女を支え続ける美術教師の二見(菅原謙二)。彼は有子に「辛い時は青空を見るんだ」と教えたメンターであり、彼女に淡い想いを寄せる「あしながおじさん」的存在である。
しかし、物語が社長御曹司・広岡(川崎敬三)との三角関係に向かっていくと、二見は驚くほど潔く身を引く。この理知的な敗北こそが、増村保造が描こうとした“新しい男性像”の美学なのだろう。
相手の自由意志を尊重し、所有しようとしない愛。そのドライな優しさは、有子の生命力を決して濁らせない。後年、増村が“所有欲に溢れた愛”を描いたことを考えると、この映画の眩しさは余計に目に沁みる。
- 製作年/1957年
- 製作国/日本
- 上映時間/88分
- ジャンル/ドラマ、青春、コメディ
- 監督/増村保造
- 脚本/白坂依志夫
- 製作/永田雅一
- 制作会社/大映
- 原作/源氏鶏太
- 撮影/高橋通夫
- 音楽/小杉太一郎
- 美術/柴田篤二
- 録音/須田武雄
- 照明/久保田行一
- 若尾文子
- 菅原謙二
- 川崎敬三
- 東山千栄子
- 信欣三
- 沢村貞子
- 穂高のり子
- 品川隆二
- 岩垂幸彦
- 三宅邦子
- ミヤコ蝶々
- 南都雄二
- 田宮二郎
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