ゎヌストラむタヌロマン・ポランスキヌ

『ゎヌストラむタヌ』──匿名の男が芋た、暩力の亡霊たち

『ゎヌストラむタヌ』原題The Ghost Writer2010幎は、元英囜銖盞の䌝蚘を執筆するため孀島に滞圚するゎヌストラむタヌナアン・マクレガヌが、前任者の死ず囜家的陰謀の真盞に迫るロマン・ポランスキヌ監督の政治サスペンス。冷培な挔出ず匿名化された空間衚珟が、亡呜者の芖点から“暩力の倖郚”を描き出す。

存圚しない男ずしおの「ゎヌスト」

むギリス前銖盞のアダム・ラングピアヌス・ブロスナンに、「君は誰だね」ず尋ねられるず、ナアン・マクレガヌは「わたしは、あなたのゎヌストです」ずりィットに富んだ返答をする。

額面通り解釈すれば、倧英垝囜の元最高暩力者の自叙䌝のために雇われた、ゎヌストラむタヌずいう意味なのだが、ちょっず深読みするず、「自分は存圚しおいない男です」ずいう自己衚明のような気もしおくる。

よくよく考えおみれば、本䜜『ゎヌストラむタヌ』2010幎の䞻人公は、䞀床もその名前が呌ばれるこずがない。さらに蚀えば、圌のパヌ゜ナリティヌに関する情報すら、芳客にはいっさい開瀺されない。

名前のない男ゎヌストが、ヒッチコック的な巻き蟌たれ型サスペンスの枊䞭の人ずなり、呜をおびやかされるハメになるのを、我々はただじっずスクリヌンで目撃するのみだ。

原䜜は、政治評論家ずしおも知られるロバヌト・ハリスが、2007幎に発衚した同名小説。ハリス自身がブレア政暩ず深く関わった経歎を持぀だけに、物語の背埌にはむラク戊争やテロ察策をめぐる政治的暗郚が濃く圱を萜ずしおいる。

倧囜の指導者がアメリカに埓属しおいく構図は、珟実政治ず地続きの䞍穏さを垯びおいる。

どこでもない孀島の舞台蚭定

堎所にも“匿名性”が埋め蟌たれおいる。島は特定の固有名ボストン沖合のあの島 などを呌びこむ手前で語りを止め、地図的な茪郭を曖昧化する。

決定的な俯瞰やランドマヌクのロングを避けるこずで、芳客は「いたどこにいるのか」を座暙で確定できない。結果、空間は“どこでもあり、どこでもない”抜象床ぞず持ち䞊がり、䞻人公の無名性ず呌応する。

移動の導線も匿名化を助長する。空枯フェリヌ車ずいう連結は、固有の地域文化ではなく、均質化されたむンフラの連鎖ずしお撮られる。

垞にどこでもない堎所に䞻人公は晒されるため、痕跡を残す前に次の通過点ぞ抌し出されおしたう。圌は名前を持たないだけでなく、滞圚する堎所の名前すら持おない。

建築の蚘号もたた匿名的。海沿いに䜇むモダンな“ガラス箱”は、地域性や歎史の局を削ぎ萜ずした普遍的なラグゞュアリヌの象城であり、政治暩力の無機質さを映す容噚ずしお機胜する。

気象もたた、時間感芚を鈍らせる装眮だ。濃灰の空ず埮现な降雚、䜎コントラストの光は、朝・昌・倕の差分を圧瞮し、堎面転換の区切りを消す。

晎倩の方䜍性圱の向きを奪われたフレヌムは、方向感芚を倱い、芳客は珟圚䜍眮を“倩候”によっおも確定できない。空間は匿名化され、時間もたた匿名化される。

画面蚀語も培底しおいる。ロングの土地玹介カットを枋り、ミドル〜クロヌズで人物の芖線域に貌り぀くこずで、䞖界は垞に“いた・ここ”の曖昧さの䞭に留め眮かれる。

音も匿名化に加担する。颚ず波ず雚――環境音の局がロケヌション固有の手がかり垂堎の喧隒や方蚀などを芆い隠し、空間の“茪郭線”を音響的に消しゎムでなぞる。結果、芳客は“どこかの海蟺”以䞊の情報を䞎えられず、堎所は蚘名から無蚘名ぞ滑り萜ちる。

こうしお島は“暩力の隔離装眮”ずしお機胜する。郜心の議事堂や官邞のように蚘名性が高い空間ではなく、アクセスも限定される離島に舞台を眮くこずで、政治の䞭枢は地理的にも瀟䌚的にも“倖郚”ぞず退避されるのだ。

そこで亀わされる蚀葉は、本来公共圏で怜蚌されるべき“政策”ではなく、怜蚌䞍胜な“物語の曞き換え”であり、ゎヌスト代筆者がその媒質ずなる。

匿名の堎所で、匿名の男が、匿名の暩力の声を綎る――䞉重の匿名が重なったずき、珟実の接地感は消え、陰謀は普遍的な䞍安ずしお立ち䞊がるのだ。

意味を削ぎ萜ずした冷たい政治スリラヌ

ゎヌストラむタヌずしおの奜奇心なのか、人䞊みはずれた嗅芚ゆえかは分からないが、ナアン・マクレガヌは䜙蚈なこずに銖を突っ蟌んで、確実に身を滅がしおいく。映画の駆動力に理由などいらぬずいうこの割り切りぶり。

マクレガヌが前任のゎヌストラむタヌの死を調査するずきも、「車を出したしょうか」ずいう申し出を断っお、なぜか自転車で出かけおしたう。

なぜなら、曇倩暡様の空のもず、黒いゞャケットに身を包んで自転車にたたがるナアン・マクレガヌの絵が、ただただフォトゞェニックだからだ。魅惑的ビゞュアルに理由はいらない。

この映画には、倧䞊段に構えたテヌマもなければ、真摯なメッセヌゞもない。䞀切の意味性は削ぎ萜ずされおいる。だがその「意味の空癜」こそが、政治スリラヌずしおの䞍気味な䜙韻を残しおいく。民䞻䞻矩囜家の裏偎で亀わされる取匕や密玄は、語られないたた芳客の想像を刺戟する。

そう、『ゎヌストラむタヌ』は、映画䜜家ずしお円熟の境地にあるロマン・ポランスキヌの、ワむンのように熟成された老緎な語りを心行くたで満喫すべき䜜品なのであり、いわば「ロマン・ポランスキヌのすべらない話」なのだ。

亡呜者の芖線ず『戊堎のピアニスト』

そしお同時に、この「故郷を持たない孀島での物語」には、ポランスキヌ自身の亡呜者ずしおの芖点が重なっおいる。戊争や迫害によっお居堎所を倱い、異郷で挂泊しおきた圌だからこそ、どこにも属さない「ゎヌスト」の䞍安ず孀独を、これほどたでリアルに映し出すこずができたのだろう。

その芖点は、圌の代衚䜜『戊堎のピアニスト』2002幎にも通じおいる。あの䜜品では、ナダダ人ピアニストが廃墟ず化したワルシャワをさたよい、生き延びる姿が描かれた。そこにあったのは「居堎所を倱った人間の孀独」だった。

そしお『ゎヌストラむタヌ』では、政治の陰謀に巻き蟌たれた名もなき男が、珟代の孀島で居堎所を倱っおいく。舞台も時代も違えど、ポランスキヌの県差しは䞀貫しお「亡呜者」「挂泊者」の孀独を芋据えおいる。

ヒッチコックから珟代政治映画ぞの橋枡し

さらに蚀えば、この䜜品には明らかにヒッチコックの圱が萜ちおいる。『北北西に進路を取れ』1959幎のように、名もなき垂井の男が巚倧な陰謀に巻き蟌たれおいく構造。

芋知らぬ土地、信頌できない人々、背埌に朜む暩力。ポランスキヌはヒッチコック的手法を換骚奪胎し、政治スリラヌずいう珟代的題材に適甚した。だからこそ『ゎヌストラむタヌ』は、叀兞的サスペンスず同時代的な政治映画を架橋する存圚になっおいる。

珟代の政治映画の系譜においおも、この䜜品は独自の䜍眮を占める。『倧統領の陰謀』1976幎や『シリアナ』2005幎のように内郚告発や囜際政治のリアリティを描くタむプずも異なり、培底的に「意味」を削ぎ萜ずしたたた、䞍安ず䞍条理を濃瞮させおいく。

その冷ややかな感觊は、たさにポランスキヌが亡呜者ずしお培った「倖郚者の芖線」によるものであり、同時にスリラヌ映画の叀兞性を継承した成果でもある。

ラストの挔出ず芞術家の宿呜

そしお最埌に蚪れるラストシヌン。矀衆のざわめきの䞭、䞀枚の玙が手枡され、真実がようやく䞻人公に届いた瞬間、カメラは圌の運呜を残酷なたでに突き攟す。

車のヘッドラむト、急停止する音、そしお玙片が宙を舞う映像だけを残しお、䞻人公の存圚は完党に消し去られる。芳客は圌の死を盎接目撃するこずなく、しかし確実に「消された」ず知る。

ここには、暩力に抗う個人がいかに無力であるかを瀺すず同時に、名前を持たない“ゎヌスト”の存圚が、文字通り圱も圢もなく消滅するずいう皮肉が蟌められおいる。

この冷酷な結末は、単にスリラヌの文法に則った挔出にずどたらない。ポランスキヌ自身が芞術家ずしお、時に暩力や瀟䌚から排陀され、異邊人ずしお生きざるを埗なかった経隓が透けお芋える。

暩力に埓わぬ者、真実を告げる者、異端の芞術家はしばしば「消される」存圚ずしお扱われる。その䞍条理を圌は、自らの映画蚀語に焌き付けたのだ。

぀たり『ゎヌストラむタヌ』は、単なる政治スリラヌではなく、ヒッチコック的叀兞サスペンスの珟代的倉奏であり、亡呜者ポランスキヌの人生を刻印した“個人的寓話”だ。

さらにラストの挔出によっお、「真実を知る者は消される」、「芞術家は垞に暩力の倖郚に远いやられる」ずいう政治的・芞術的寓意を、鮮烈に刻み぀ける。

DATA
  • 原題The Ghost Writer
  • 補䜜幎2010幎
  • 補䜜囜フランス、ドむツ、むギリス
  • 䞊映時間124分
STAFF
  • 監督ロマン・ポランスキヌ
  • 補䜜ロマン・ポランスキヌ、ロベヌル・ベンムッサ、アラン・サルド
  • 補䜜総指揮ヘニング・モルフェンタヌ
  • 原䜜ロバヌト・ハリス
  • 脚本ロバヌト・ハリス、ロマン・ポランスキヌ
  • 撮圱パノェル・゚デルマン
  • 衣装ダむナ・コリン
  • 線集゚ルノェ・ド・ルヌズ
  • 音楜アレクサンドル・デスプラ
CAST
  • ナアン・マクレガヌ
  • ピアヌス・ブロスナン
  • キム・キャトラル
  • オリノィア・りィリアムズ
  • トム・りィルキン゜ン
  • ティモシヌ・ハットン
  • ゞョン・バヌンサル
  • デノィッド・リントヌル
  • ロバヌト・パフ
  • ゞェヌムズ・ベルヌシ
  • むヌラむ・りォラック