ブルーバレンタイン/デレク・シアンフランス

ブルーバレンタイン [Blu-ray]

男女の別れが核戦争級の痛撃テイストで描かれる家族ドラマ

かつてニューヨーク派と称されたジョン・カサヴェテスがそうであったように、ドキュメンタリーを中心に腕を磨いた俊英デレク・シアンフランス監督もまた、小さな共同体の小さな亀裂に鋭角の角度から斬り込んで、あたかもそれが「世界の終わり」であるかのような痛切さを観る者に享受させる。

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デレク・シアンフランスが幼少時に最も恐れていたことは、「両親が離婚すること」と「核戦争」だったと述べているが、確かに『ブルーバレンタイン』(2010年)は愛する男女の別れが核戦争級の痛撃テイストで描かれているのだ。

初っ端から、行方不明の愛犬の名前を叫ぶ少女の声がインサートされ、画面には不穏な空気がたちこめている。夫のディーン(ライアン・ゴズリング)は妻と娘に限りない愛情を注いでいる(つもりでいる)が、すでに妻のシンディ(ミシェル・ウィリアムズ)は朝からビールを飲んで気ままなペンキ屋稼業を続けている彼に、口には出さないまでも侮蔑の眼差しを向けている。

明らかに結婚生活が末期状態であることを観客に提示しつつ、デレク・シアンフランスは2人がラブラブだった頃をカットバックさせて、パラレル・モンタージュで物語を綴っていく。いやー痛い!そんなもん対比されたら、その落差ぶん痛くなるっつーの!

愛の終焉に向けて残酷なまでに冷徹なタッチで描かれる「現在」は、硬質で冷ややかな画調のデジカメ(RED)で撮られ、恋の喜びが愛の生成に移り変わって行く「過去」は、暖色系でソフトな色調のスーパー16ミリで撮られている。

会話シーンは常軌を逸したクローズアップの切り返しで構成され、背景にピントを合わせないシャロー・フォーカスを徹底することで、外界にコミットしない超内面ドラマが展開されるのだ。

しかもこの映画が残酷に暴くのは、結婚を経て二人が変化・成長を遂げたことによって不和の原因が形作られたのではなく、かつては惹かれていた部分が、年月が経つとイライラの原因になっているという事実!

「コムストック教授って名前、何だか面白い」という、そうとうにどーでもいいディーンのコメントにも笑顔を絶やさなかったシンディは、彼の茶目っ気に惹かれていたはずなのだが、相も変わらず夫が「これが未来人の笑い声だ。ウハウハウハ」とかバカをやるたびに、グッタリ疲れた表情を見せるんである。

ほとんど強姦まがいのセックスシーンは、観ていて目を背けたくなるほど。シンディの生理的嫌悪を超クローズアップで観せられて、我々観客もドンヨリ度アップ!身体は繋がっているのに、心は完全に離れている二人の姿は、ただただ痛ましい。

…余談だが、超クローズアップばかりのこの映画で、ホテルのシャワーシーンで突如ヒキのショットになり、ミシェル・ウィリアムズがいかにも“子供を一人産みました感”のある崩れた肢体を見せつけるショットには、ミシェル・ウィリアムズの女優根性を感じる。

エンディング、画面奥に向かって朦朧と歩いていくディーンと、画面手前に向かって娘を抱えながら歩くシンディは、同じフレームにおさまりながらも両方にピントが合うことはない。二人は違う人生を歩みだすことが、映像的に完璧にビジュアライズされている。

打ち上がる花火をバックに、記憶の断片がイメージショットとして連なる美しいエンド・クレジット。グリズリー・ベアの『Alligator』が、メランコリックなまでに美しく映画を引き締める。

『Horn of Plenty』(グリズリー・ベア)

だが、これだけで映画は終わらない。最後の最後、デレク・シアンフランスは、ディーンのギター&ヴォーカルに合わせてシンディがキュートに踊る路地裏のシーン(ミシェル・ウィリアムズが超絶カワイイ!)を、音声でリプライズしてみせるのだ。

君はいつも 愛する人を傷つける
傷つけてはいけない人を
君はいつも美しいバラを手織り
花びらを散らかしてしまう
君はいつも優しい心を打ち砕き
言葉で傷つける
もし僕が君を傷つけたなら
それは君を愛しているから 誰よりも

そう、実際この歌詞通りに事態は進行してしまった。『ブルーバレンタイン』で最も幸福度の高いシーンが、実は最悪の結果を招く伏線として効いていたとは!痛い、痛すぎる。製作スタッフの悪魔的所業に、小生、二の句も継げません。

最後に蛇足ではありますが、ディーンがモグワイの名盤『The Hawk Is Howling』(2008年)のジャケットをプリントしたトレーナーを着ていたことを指摘しておきたい。Grizzly Bearの起用といい、デレク・シアンフランスの音楽センスはただ者ではなし。

『The Hawk Is Howling』(モグワイ)
DATA
  • 原題/Blue Valentine
  • 製作年/2010年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/114分
STAFF
  • 監督/デレク・シアンフランス
  • 製作/ジェイミー・パトリコフ、リネット・ハウエル、アレックス・オルロフスキー
  • 製作総指揮/ダグ・ダイ、ジャック・レクナー、スコット・オスマン、ライアン・ゴズリング、ミシェル・ウィリアムズ
  • 脚本/デレク・シアンフランス、ジョーイ・カーティス、カミ・デラヴィン
  • 撮影/アンドリー・パレーク
  • プロダクションデザイン/インバル・ワインバーグ
  • 衣装/エリン・ベナッチ
  • 編集/ジム・ヘルトン、ロン・パテイン
  • 音楽/グリズリー・ベア
CAST
  • ライアン・ゴズリング
  • ミシェル・ウィリアムズ
  • フェイス・ワディッカ
  • マイク・ヴォーゲル
  • ジョン・ドーマン

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