『ナビィの恋』(1999年/中江裕司)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『ナビィの恋』(1999年)は、中江裕司監督が沖縄の濃密な死生観と楽天的な生命力をスクリーンに焼き付け、当時のミニシアター・ブームを牽引した記念碑的作品。都会の喧騒を離れて帰郷した孫娘・奈々子の視点を通じ、60年の時を超えて再燃する祖母ナビィの「禁じられた恋」を、圧倒的な多幸感とともに描き出している。本作を唯一無二の存在たらしめているのは、沖縄の伝統的な島唄と、異国の旋律が見事に融け合う音楽的豊穣さにある。西田尚美演じる奈々子が、等身大の葛藤を抱えながら島の空気感に同化していく一方で、伝説的な唄者たちが放つ圧倒的な存在感が、物語に神話的な厚みを与えている。
- 第55回毎日映画コンクール:日本映画優秀賞、音楽賞
- 第42回ブルーリボン賞:助演女優賞
- 第24回報知映画賞:助演女優賞
- 第73回キネマ旬報(日本映画):第4位、読者選出日本映画監督賞
倫理観を無効化する「沖縄」という魔法空間
『ナビィの恋』(1999年)は、60年ぶりに初恋の相手と再会したナビィおばあちゃんが、長年連れ添ったおじいちゃんをあっさりと捨てて駆け落ちしてしまうという、冷静に考えればとんでもない設定の映画だ。
オニのように残酷な物語である。いや、冷静にならなくても十分にエグい話なのだが、舞台が「沖縄」というだけで、なぜかすべてが許されてしまうような不思議な引力を持っている。
孫娘であるヒロインの奈々子(西田尚美)が、「おばあちゃん、行かないでー!!恵達おじいちゃんはどうするのー!?」と必死に叫んで引き留めようとするのだが、ナビィは「おじいちゃんはまだ若いから大丈夫!」と平然と言い返す。この強烈なセリフが象徴するように、本作は常識や倫理を軽々と飛び越えていく。
この映画を見ていると、僕たちの頭の中には独自のロジックが形成されていく。
沖縄の人はたぶん、泡盛を飲んで三線を弾きながら、ゆったりとした時間のなかで生きているんだろうなあ。
沖縄の人はたぶん、本州の人間とはちょっと感覚が違うんだろうなあ。
沖縄の人はたぶん、自分の感情に対してとっても素直なんだろうなあ。
沖縄の人はたぶん、あっけらかんとしていて、くったくがないんだろうなあ。
もちろんこれは完全なステレオタイプであり、論理とも言い切れないファンタジーなのだが、この映画のなかでは、思いっきり不倫に走るナビィおばあちゃんを正当化するための完璧な免罪符として機能してしまうのだ。
うーむ、ずるい。圧倒的にずるい。しかし、そのずるさも非常に手が込んでいて、実はこの映画、半分ミュージカル仕立てのような構造を持っている。
音楽という名の免罪符──マイケル・ナイマンと登川誠仁
劇中では、琉球民謡やケルト音楽といったお気楽で牧歌的なBGMが全編にわたって流れ続け、観客に「ま、いっかー」と思わせてしまう恐るべき魔術的効果を発揮している。
言っていることがほとんどエロじじいでしかない恵達おじいちゃんを演じているのは、沖縄民謡界の重鎮である登川誠仁その人だ。彼の圧倒的な存在感と歌声が、映画の根底に流れる「沖縄の血」を保証している。
さらに驚くべきは、テーマ曲を担当しているのが、ピーター・グリーナウェイ監督作品や『ピアノ・レッスン』などで知られる現代音楽の巨匠、マイケル・ナイマンであるということだ(一体どういう人脈と流れで、彼がこの仕事を引き受けたのかは謎だが)。
ナイマンの格調高くもどこか浮世離れした旋律と、沖縄の突き抜けるような青空、そして牧歌的な民謡のリズム。これらがミックスされることで、観客は心地よい思考停止状態へと導かれてしまう。
アイシテルランドへの逃避行と、西田尚美の引力
道徳的な正しさや社会的な枠組みをすべてかなぐり捨てて、愛を貫くために“アイシテルランド”へと逃避行していく老男女の姿。それはハッピーエンドのようでもあり、残された者たちを思えばどこかサッドでもある。まさにハッピー・サッドとしか言いようのない、奇妙な味わいの物語だ。
そして何より、この突拍子もない群像劇を繋ぎ止めているのは、孫娘を演じる西田尚美の存在感だろう。都会から逃げてきた彼女の、どこか所在なげで、それでいてひどく魅力的な佇まいは、この映画の大きな見どころのひとつだ。
理屈をこね回すのではなく、その眩しい日差しと音楽に身を委ねてみる。そういう観点からしても、観て絶対に損のない、日本映画史に残る愛すべきトリックスターのような一本である。
参考文献・出典
- 監督/中江裕司
- 脚本/中江裕司
- 製作/竹中功、佐々木史朗、石矢博
- 制作会社/オフィス・シロウズ、吉本興業
- 撮影/高間賢治
- 音楽/磯田健一郎
- 編集/宮島竜治
- 美術/真喜屋力
- 衣装/小川久美子
- 録音/井家真紀夫
- ナビィの恋(1999年/日本)
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