ヒア アフター/クリント・イーストウッド

ヒア アフター [Blu-ray]

イーストウッドが不穏な空気を放出させまくったラブストーリー

【思いっきりネタをばらしているので、未見の方はご注意ください。】

古典的ドラマを奇天烈に撮る監督はいるが、奇天烈な題材を、古典的に撮る映画作家はそうはいない。しかし、我らがクリント・イーストウッドは、明らかにその奇妙な系譜に位置する映画作家である。

何しろこの『ヒアアフター』(2010年)、観終わった後も一体どんなお話だったのかが、よく分からない。冒頭からスマトラ島に大津波が押し寄せる大パニックムービーかと思いきや、臨死体験にまつわる内省的ドラマとして展開し、男女のラブストーリーとして帰着する。

お話としてはだいぶしっちゃかめっちゃかなんだが、イーストウッドの妥協なき王道的演出によって、最終的には何だか感動させられた感じになっているのだ!

考えてみれば、イーストウッドはカテゴライズ不可能な映画を獲り続けてきた作家だった。古き良き西部劇映画のフォーマットを踏襲しつつ、幽霊映画っぽいエッセンスをまぶせた『ペイルライダー』(1985年)、スパイ・アクションと見せかけて『スター・ウォーズ』のデス・スター突入シーンを丸パクリしたSF映画に変貌する『ファイヤーフォックス』(1982年)など、その枚挙には暇なし。

ファイヤーフォックス [Blu-ray]
『ファイヤーフォックス』(クリント・イーストウッド)

しかしこの『ヒアアフター』に至っては、ジャンルがよく分からないという以前に、物語構造そのものが奇妙奇天烈なんである。

映画を牽引するのは、住む場所も年齢も異なる3人の登場人物たち。大津波に巻き込まれて臨死体験をするフランス人ジャーナリストのマリー・ルノ(セシル・ドゥ・フランス)、霊媒師だった過去を捨てて今は肉体労働に従事するアメリカ人男性のジョージ(マット・デイモン)、クスリに溺れる母親を抱え、双子の兄までも交通事故で亡くしてしまうイギリス人少年のマーカス(フランキー・マクラレン)。

縁もゆかりもない3本の糸が、「臨死体験」というキーワードを軸にして一つに紡がれて行く。観ている間はイーストウッドの老練かつ骨太な演出でスクリーンに引き込まれてしまうのだが、冷静に考えると、何故ここまで3人の登場人物にアングルを絞ったアンサンブル形式ドラマにしなくてはいけないのかが、良く分からない。

何せドラマの終盤で3人が邂逅を果たしても、ストーリーは特に発展的展開を見せないのだ。全くもって不可思議な物語構造と言うべきである。

料理教室のシーンも相当に謎。メラニー(ブライス・ダラス・ハワード)なる女性に目隠しをして食材を食べさせるシーンが異様にエロすぎるのも謎だし、そもそもこのプチロマンスにこれだけの尺をとって語る必然性があったのかもギモン。

もちろんサイキックという呪われた能力を有してしまったジョージの孤独を描くという意図はあるのだが、だとすればこの二人のエピソードにもっと時間を割くべきだし、何だか中途半端な扱いなのだ(おかげで小生のお気に入りのブライス・ダラス・ハワードの出演時間がえらく短くなってしまった)。

そして極めつけはラストシーン。ジョージはマリーの姿を眼前に捉えるやいなや、彼女と熱烈キスをする妄想を全開させつつ、握手をかわし、パリのカフェに腰を落ち着ける。

どうやら“死”の世界を共有する者同士が結ばれるというハッピーエンドのようなのだが、トム・スターンの深く沈んだ映像とも相まって、何だか手放しで喜べない不安感がスクリーンを支配しているんである。

考えようによっては、「“死”の世界を共有する者でしかお互いを慰められない」というオチにも見えるし、説明不足なんだか、映像が多義的なんだか、よく分からないのだ。結局のところ、この『ヒアアフター』とはいかなるシロモノなのか。

ハイ、僕なりの結論を述べさせていただきましょう。これは、イーストウッド流の『めぐり逢えたら』(1993年)なんでありまーす!

めぐり逢えたら [Blu-ray]
『めぐり逢えたら』(ノーラ・エフロン)

『めぐり逢えたら』が、トム・ハンクス&メグ・ライアン主演、ノーラ・エフロン監督によるラブコメ作品であることは、いわずもがな。

シアトルに住む建築家のサムと、ボルティモアに住むアニーという、職業も住む場所も違う二人が、サムの息子がラジオ局に電話をかけたことをキッカケにして、恋の歯車が動きだす。やがて二人はエンパイア・ステート・ビルの屋上で結ばれる、という実にロマンティックなお話。

そう、「接点のなかった男女が最後に出会う」、「二人の出会いを子供が手助けする」という設定は、モロに『ヒアアフター』でも用いられている。

実はこの映画、「運命の二人が出会って結ばれる物語」という、すっごいシンプルなラブストーリーなんだが、イーストウッドが映像の隅々まで不穏な空気を放出させまくったことにより、物語の核が見えにくくなってしまっているんである。

いかなる題材であろうと、決してイーストウッドは口当たりの良い映画には仕上げてはくれない。蓮實重彦は黒沢清との対談の中で、

(イーストウッドの映画には)やたらなことでは映画に近づくなという脅しのようなものが漂っていて、このあたりから私の混乱が始まっています

と告白をしている。彼がつくる映画は、もはやなんぴとたりとも捕捉できない。しかも困ったことに、奇妙すぎるこの映画にも、僕はシッカリ感動してしまっているのであった。

DATA
  • 原題/Hereafter
  • 製作年/2010年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/ 129分
STAFF
  • 監督/クリント・イーストウッド
  • 製作/クリント・イーストウッド、キャスリーン・ケネディ、ロバート・ロレンツ
  • 製作総指揮/スティーヴン・スピルバーグ、フランク・マーシャル、ティム・ムーア、ピーター・モーガン
  • 脚本/ピーター・モーガン
  • 撮影/トム・スターン
  • プロダクションデザイン/ジェームズ・J・ムラカミ
  • 衣装/デボラ・ホッパー
  • 編集/ジョエル・コックス、ゲイリー・ローチ
  • 音楽/クリント・イーストウッド
CAST
  • マット・デイモン
  • セシル・ドゥ・フランス
  • フランキー・マクラレン
  • ジョージ・マクラレン
  • ジェイ・モーア
  • ブライス・ダラス・ハワード
  • マルト・ケラー
  • ティエリー・ヌーヴィック
  • デレク・ジャコビ
  • ミレーヌ・ジャンパノイ
  • ステファーヌ・フレス
  • リンゼイ・マーシャル

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