ブロークバック・マウンテン/アン・リー

ブロークバック・マウンテン [Blu-ray]

甘い記憶と苦い現実を残酷に暴き出す、堂々たる同性愛ムービー

2005年度ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞受賞作、というよりもアカデミー賞最優秀作品賞を『クラッシュ』にかっさわれた作品、と言ったほうが分かりやすいかもしれない。それほど『ブロークバック・マウンテン』は、オスカーの大本命と目されていた。

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アカデミー賞前哨戦とも言われるゴールデングローブ賞ドラマ部門の作品賞を制し、その他にもフロリダ批評家協会賞、ニューヨーク批評家協会賞、サンフランシスコ批評家協会賞、ボストン批評家協会賞と、賞という賞を総ナメ。

しかし結果は、最多8部門にノミネートされながら、監督賞、脚色賞、主題歌賞の3部門受賞に終わり、苦汁を飲んだのである。

『ブロークバック・マウンテン』がオスカーレースで意外な敗北を喫したあと、「保守層がマジョリティーを占めている映画芸術科学アカデミーの会員が、同性愛をテーマにした作品に対して明確な嫌悪感を表した」というような論調が噴出。

アジア人初のアカデミー最優秀監督賞に輝いたアン・リー自身も、アカデミーの旧態依然とした体質に対して批判的なコメントを発表している。

しかし僕個人の意見としては、確かに『ブロークバック・マウンテン』は一頭地を抜く逸品なれど、少なからず瑕疵を抱えているのも紛れのない事実だと思う。

過去に『ガンジー』など、目も当てられないような駄作をアカデミー作品賞に推してきた彼らの審美眼が正確であるかどうかは別として、本作がオスカーを逃したのは特に意外な結果とは思えない。

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そもそも『ブロークバック・マウンテン』は、男性同士の恋愛を主題にした作品ではない。これはモラトリアム的なモチーフに貫かれている映画である。1963年のワイオミング州ブロークバック・マウンテンで、ヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールは、情熱的というよりは本能的なふるまいで激しい性交渉におよぶ。

動物のように猛々しく荒々しいセックス。この夏の思い出は彼らの「古き良き時代」として刻印され、二人が最も自分らしくいられた時間として認識される。社会性を帯びていない、モラトリアムな時期として。

二人はその後別れて別々の人生を歩み、良き伴侶を得て子宝にも恵まれるが、彼らはどこか「これは俺の本当の人生ではない」という違和感を感じている。根っからのカウボーイというよりも、生来の不器用さが災いしてカウボーイとしてしか生きられないヒース・レジャーにとって、安い給料で家族を養っていくのはかなりのプレッシャーだったろう。

妻のミッシェル・ウィリアムズから「都市部に引っ越したい」、「カウボーイ以外の仕事をしてみたら」という申し出を受けても首をタテに振れない自分自身にも憤りを感じている。

一方のジェイク・ギレンホールも、ロデオ三昧の放蕩生活を送っていたが農作業機器販売業者の一人娘であるアン・ハサウェイと結婚、婿養子のようなかたちで農作業機器のセールスマンをしているが、そもそも自分の性分に合う仕事でもなく、義父・義母との関係もこじれっ放し。

そんな二人が四年の時を隔てて再会する訳だが、このあたりの描写が違和感だらけなのだ。保守的なヒース・レジャー、先進的なジェイク・ギレンホールと、二人は性格・資質ともに異なるパーソナリティーの持ち主。

故にジェイク・ギレンホールからの再会の申し出に対してヒース・レジャーが「You Bet(もちろんだとも)」という返事を出すくだりは、保守的思想の彼の行動にしては唐突に見えてしまう。これは演出的な問題である。二人の情感の高まりを映像的に補完できていないのだ。

「かつて自分が居た場所」、「今自分が居る場所」との乖離、甘い記憶と苦い現実の対比が本作のモチーフだ。アン・リーはそれを映像としてではなく、各々の俳優の演技力に託してしまう。

例えば他の監督なら、40代にさしかかろうとしている設定のアン・ハサウェイを、クローズアップで捉えることはしないだろう。特に老けメイクを施していない彼女を真正面から捉えれば、映画的なウソが露見してしまうからだ。

しかし、あえてアン・リーは、ヒース・レジャーからの電話に応対するアン・ハサウェイを大画面に引き写すことを選択する。その結果我々は、繊細な表情の変化から、彼女がおそらく夫の秘密を全て承知していたことを察知する。ひょっとしたら、ジェイク・ギレンホールの死因はタイヤ修理中の不幸な事故によるものではなく、不和だった父の差し金で殺されたのかもしれない、そんな疑惑すらも。

優れた演技を引き出すアン・リーの演出が一級品であることは間違いない。しかし、全編を貫く“イメージ”として、観客の脳内に残存させなければならないはずのワイオミングの山々が、単なる景色としか機能していないなど、役者の内的表現を補完する映像的根拠が希薄なのだ(アン・リーは外景描写が苦手なのだろうか?)。

…まあ別にこのようなことをあげつらったところでビクともしないほど、堅牢な完成度を誇る作品であることは揺るがないんだが。

DATA
  • 原題/Brokeback Mountain
  • 製作年/2005年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/134分
STAFF
  • 監督/アン・リー
  • 製作/ダイアナ・オサナ、ジェームズ・シェイマス
  • 製作総指揮/ラリー・マクマートリー、ウィリアム・ポーラッド、マイケル・コスティガン、マイケル・ハウスマン
  • 原作/アニー・プルー
  • 脚本/ラリー・マクマートリー、ダイアナ・オサナ
  • 撮影/ロドリゴ・プリエト
  • 衣装/マリット・アレン
  • 編集/ジェラルディン・ペローニ、ディラン・ティチェナー
  • 音楽/グスターボ・サンタオラヤ
CAST
  • ヒース・レジャー
  • ジェイク・ギレンホール
  • ミシェル・ウィリアムズ
  • アン・ハサウェイ
  • ランディ・クエイド
  • リンダ・カーデリーニ
  • アンナ・ファリス
  • スコット・マイケル・キャンベル
  • ケイト・マーラ

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