圧倒的なリアリティーが迫りくる「すぐそこにある危機」
曇り空に沈んだロンドンの街。「人類最後の子供が死んだ」というニュースをTVで知ったクライヴ・オーウェンが、コーヒーを片手にカフェから歩道に出る。
突然の大爆発。白煙の中から、重傷を負った人間たちが姿を現す。そして間髪入れずに『Children Of Men』のタイトルカット。…参った。冒頭の3分間で、僕は完全に心を持ってかれてしまった。
この映画で描かれるディストピア(暗い未来)は、『ブレードランナー』(1982年)のようなサイバーパンク的世界観に貫かれている訳でもなく、『未来世紀ブラジル』(1985年)のようなキッチュなテイストで彩られている訳でもなく、『1984年』のように全体主義の恐怖が蔓延している訳でもない。
『トゥモロー・ワールド』の舞台となる2027年のロンドンは、淡々と絶望が侵食している世界だ。人類が生殖能力を失い、子供が誕生しなくなった世界だ。
子供の笑い声が周囲から消え、深い哀しみに包まれた世界だ。描かれるのはフェイクとギミックに満ちた遠い未来ではなく、圧倒的なリアリティーが迫りくる「すぐそこにある危機」なんである。
ディティールが命のSFムービーにあって、 監督アルフォンソ・キュアロンが選択したのは、徹底した説明描写の排除。イギリス政府の徹底的な移民隔離政策、それに反発する反政府組織、クーデター、デモ…。
物語を骨格づけるであろう以上のようなファクターは、驚くほど映画内では語られず、いささか観客にとっては不親切な語り口で物語は紡がれていく。
この作品が状況設定を明確に提示していないのは、おそらくイエス・キリストの再降臨という隠しテーマによって観客を牽引できる、という製作サイドの読みがあったからだろう。
腹部をさらして自分が処女懐妊したと告白するシーン(場所は馬小屋ならぬ牛小屋である!)を指摘するまでもなく、人類のラスト・ホープは、まさにキリストのような苦難を乗り越えていくのだ。
もう一つ特筆しておくべきなのは、ヴェネチア国際映画祭で技術貢献賞を意味するオゼッラ賞を受賞した、エマニュエル・ルベツキによる見事な撮影だろう。“絶望”という言葉をそのまま具現化したかのような、ダークで粒子の荒い映像。
ステディカム・カメラがクライヴ・オーウェンの視点に寄り添うかのように生々しく移動し、観客の緊張を持続させる。そしてクライマックス、血糊がカメラに付着するほどにドキュメンタルな映像にこだわった、およそ8分間におよぶ驚異の長廻し!ただただ圧巻の一言。
個人的には、この数年製作されたSF映画のなかで、間違いなくナンバーワンの作品。映画館で見逃してしまったことが本当に悔やまれる。
- 原題/Children Of Men
- 製作年/2006年
- 製作国/イギリス、アメリカ
- 上映時間/107分
- 監督/アルフォンソ・キュアロン
- 脚本/アルフォンソ・キュアロン、ティモシー・J・セクストン
- 製作総指揮/アーミアン・バーンスタイン、トーマス・A・ブリス
- 製作/マーク・エイブラハム、エリック・ニューマン、ヒラリー・ショー、トニー・スミス
- 原作/P・D・ジェイムズ
- 撮影/エマニュエル・ルベツキー
- 美術/ジム・クレイ、ジェフリー・カークランド
- 音楽/ジョン・タヴナー
- 衣装/ジェニー・テミム
- クライヴ・オーウェン
- ジュリアン・ムーア
- マイケル・ケイン
- キウェテル・イジョフォー
- チャーリー・ハナム
- クレア・ホープ・アシティ
- ダニー・ヒューストン
- ピーター・ミュラン
- パム・フェリス
- ジャセック・コーマン
- ワーナ・ペリーア
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