セックスとドラッグとバイオレンスに彩られた、アンチ・モラルなコン・ゲーム・ムービー
’70年代は『タクシー・ドライバー』(1976年)、『ニューヨーク・ニューヨーク』(1977年)、『レイジング・ブル』(1980年)などニューヨーク派を代表するフィルムメーカーとして尊敬を集め、’80年代~’90年代は『グッドフェローズ』(1990年)、『ケープ・フィアー』(1991年)、『カジノ』(1995年)などで商業的成功をおさめたマーティン・スコセッシ。
そして2000年代以降、彼は憑かれたかのようにビッグ・バジェットの超大作を次々に手がけるようになる。
しかしハリウッド屈指のマネー・メイキング・スター、レオナルド・ディカプリオと組んだ『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002年)、『アビエイター』(2004年)は、商業的・批評的にも高い評価を得ることが出来ず、悲願のアカデミー賞も取り逃がしてしまい、スコセッシは辛酸を嘗める。
だが彼は意気消沈することなく、三たびディカプリオと組んで香港映画『インファナル・アフェア』(2002年)をリメイク。かくして完成した『ディパーテッド』(2006年)で、遂に第79回アカデミー賞作品賞を受賞するに至った。
予告編ばりに展開する高速テンポのカット割り、異なる場面のシーンを交互に映し出すクロスカッティングの多用、ローリング・ストーンズをはじめロック・ナンバーを印象的に配置したBGM。
ベテラン監督とは思えないほどに、若々しい感性によって撮り上げられた『ディパーテッド』は、シャープかつソリッドな切れ味。徹底的にシチュエーションにこだわった騙し騙されのコン・ゲーム・ムービーに徹し、150分の長尺を飽きさせずにドラマを転がしていく語り口は、確かに見事。
しかし、少年時代はカトリックの司祭を目指していたというスコセッシにとって、モラルの問題は最重要なテーマだったはずだが、この映画ではその表現がミョーに装飾的で、ミョーに薄っぺらい。
実際スコセッシはインタビューで、「我々はモラルが崩壊してしまった時代に生きている。モラルのグラウンド・ゼロ状態、とでも言おうか」と語っているのだが、まさにモラルの象徴として登場するビリー(レオナルド・ディカプリオ)の内面に観客がアクセスするための手続きが不十分なのだ。
犯罪者の多いアイルランド系の家系に生まれ、血と暴力が支配するボストン南部の街で育った過去と訣別するために警察に入ったビリーだったが、ギャング組織への潜入捜査を命令されたことにより、彼の苦悩は始まる。
犯罪組織に通じていたらしい父親の存在、精神科医のマドリンへの恋慕、モラルがアンチ・モラルに反転してしまうことへの恐怖、そして己のアイデンティティーの回復。
その苦悩を描く為の手札はたくさんあるのだが、バックグラウンドの描写が希薄なために、どのカードも有効に機能していない。
ビリーがモラルの象徴とするなら、セックスとドラッグとバイオレンスに彩られたアンチ・モラルの象徴はギャング組織のボス、フランク・コステロ(ジャック・ニコルソン)である。
しかしこれもまた、ニコルソンのデモーニッシュな振る舞い、彼の登場シーンで流れるストーンズの『ギミー・シェルター』といった、表層的な手段によってでしか鬼畜性が表象されず、スコセッシが言うところの「モラルのグラウンド・ゼロ状態」が淡白に見えてしまうんである。
「ここはネズミの街だ」というセリフに呼応するように、州議会ドームがベランダ越しにみえるラストシーンでネズミが横切るなど、暗喩に満ちた記号的描写に頼りすぎて、結局どのキャラクターの内面にもアクセスできないのが、この映画の最大の弱点だ。
だがモラル云々よりもアカデミー賞の獲得こそが彼の至上命題だったのであり、そんなことにはあまり執着していないのかも。
この稿を書いている2009年6月14日時点で、最新作は遠藤周作原作の『沈黙』であるとアナウンスされているが、彼のテーマであるモラルの問題は、この映画でより深化していくことになるのだろう。
- 原題/The Departed
- 製作年/2006年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/150分
- 監督/マーティン・スコセッシ
- 脚本/ウィリアム・モナハン
- 製作総指揮/ロイ・リー、ダグ・デイヴィソン、G・マック・ブラウン
- 製作/マーティン・スコセッシ、ブラッド・ピット、ジェニファー・アニストン、ブラッド・グレイ、グレアム・キング
- 原案/アラン・マック、フェリックス・チョン
- 撮影/ミヒャエル・バルハウス
- 美術/クリスティ・ジー
- 音楽/ハワード・ショア
- 衣装/サンディ・パウエル
- 特撮/ロブ・レガート
- レオナルド・ディカプリオ
- マット・デイモン
- ジャック・ニコルソン
- マーティン・シーン
- ヴェラ・ファーミガ
- マーク・ウォールバーグ
- アンソニー・アンダーソン
- レイ・ウィンストン
- アレック・ボールドウィン
- ケビン・コーリガン
- デヴィッド・パトリック・オハラ
- クリステン・ダルトン
- マーク・ロルストン
- ロバート・ウォールバーグ
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