『ギャング・オブ・ニューヨーク』は、世紀の傑作になることを背負わされた映画だった。
何せ、ハリウッドがスペクタクルな超大作に傾倒していく’70年代、独立プロ系のニューヨーク派として怪気炎を上げていたマーティン・スコセッシが、自らのルーツであるニューヨークの暗黒史を、己の作風をねじまげてまでスペクタキュラーに描いた一大絵巻である。
構想およそ30年、製作に120億円が費やされ、主演には人気絶頂のレオナルド・ディカプリオとキャメロン・ディアスを起用。
敵役のビル・ザ・ブッチャー役には、当時俳優業を休業してイタリアで靴屋修行していた名優、ダニエル・デイ・ルイスが招聘された。
撮影が行われたのは、かつて『ベン・ハー』、『クレオパトラ』などの超大作が撮られ、フェデリコ・フェリーニが『8 1/2』(1963年)、『甘い生活』(1960年)といった傑作をモノにしたという”伝説のスタジオ”、チネチッタ撮影所。
19世紀末のニューヨークを再現した、広大なセットを見学した盟友ジョージ・ルーカスは、「こんなセットは今はCGで作れる」とつぶやいたそうだが、スコセッシはあくまで「映画黄金期」の絢爛豪奢な大作映画を目指したのであり、CG多用のお手軽歴史劇は、彼の良しとするものではなかったんである。
プロテスタント系イギリス人と、カトリック系アイルランド移民による、宗教的対立。ギャングによる地域支配から、選挙民によってリーダーが選ばれるという、民主主義へのプロセス。南北戦争を背景にした人種間抗争。
ニューヨークの歴史は、アメリカの歴史そのものだ。そんな時代背景をバックに、恋愛、友情、親子の絆、そして自由と平等が描かれる。大ヒットの条件は全て満たしているではないか。
しかし成功を期待された映画でも、思惑通りに運ばないのがこの業界の常。『ゴッドファーザー』(1972年)に比肩しうるはずだった『ギャング・オブ・ニューヨーク』は、興行的・批評的に惨惨たる結果を迎えてしまい、歴史的駄作として認知されてしまう事態に。
以降スコセッシはその汚名を返上すべく、ディカプリオ主演でビッグバジェットの超大作を撮り続けることになる。
あまりにも評判が悪くて今までスルーしていた本作を、僕は今回初めて鑑賞してみたんだが、残念ながら僕も『ギャング・オブ・ニューヨーク』には全く心を動かされなかったです。
悪い予感はオープニングから始まっていた。ファイブ・ポインツを利権を賭け、デッド・ラビッツのメンバーがネイティブ・アメリカンズと、最後の抗争に向かおうとする場面。
カメラはせわしなく動き回り、舞台劇のように仰々しい演出が施され、テンションは常にMAX。これが上映時間の167分続くのである。
もともとスコセシは、カメラをフィックスでバシッと捉えることができない監督だが、『ギャング・オブ・ニューヨーク』でも映像の強度が全てにおいて最優先され、緩急をつけることができず、語りそのものが崩壊してしまっている。
大胆な省略を敢行した編集も、小気味いいといえば聞こえがいいが、場面ごとのエモーションがまったくもって持続せず、骨のあるドラマとして立ち上ってこないのだ。
人物造型にも問題アリ。ディカプリオ演じるアムステルダム・ヴァロンは、殺された父親の敵ビル・ザ・ブッチャーに復讐を誓ったはずが、あっさりビルの従順な飼い犬に成り下がる。
父の親友だったモンク(ブレンダン・グリーソン)の一言で、突然また復讐の炎を燃やすという、なかなか行動原理が理解しにくいキャラクター。
やっとこさビルと全面対決を果たすかと思いきや、南北戦争徴兵暴動が勃発し、その混乱のなかで復讐劇自体がどーでもよくなっちゃうという、哀しい結末に至っている。
宿命に個人が翻弄されていく、という大河感をニューヨークという街と重ね合わせて描きたかった意図は分かる。
ニューヨークを舞台に個人の孤独を描くことにかけては、抜群の冴えを見せるスコセッシだが、スケールの大きな歴史ドラマになると、彼の性急すぎる演出と性急すぎるテンポが、ドラマの豊穣感を台無しにしてしまっている気がして仕方ない。
- 原題/Gangs of New York
- 製作年/2002年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/167分
- 監督/マーティン・スコセッシ
- 製作総指揮/ハーヴェイ・ワインシュタイン、マイケル・ハウスマン
- 製作/アルベルト・グリマルディ
- 共同製作/グラハム・キング
- 衣装/サンディ・パウエル
- 編集/セルマ・スクーンメイカー
- 原案/ジェイ・コックス
- 脚本/ジェイ・コックス、スティーヴン・ザイリアン、ケネス・ロナガン
- 撮影/ミヒャエル・バルハウス
- 美術/ダンテ・フェレッティ
- 音楽/ハワード・ショア
- レオナルド・ディカプリオ
- キャメロン・ディアス
- ダニエル・デイ・ルイス
- リーアム・ニーソン
- ヘンリー・トーマス
- ブレンダン・グリーソン
- ジム・ブロードベント
- ジョン・C・ライリー
- ゲイリー・ルイス
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