「終わりなき日常」からの脱出を試みた、トラヴィスの孤独と狂気
演劇をちょっとでもかじりだすと、申し合わせたかのように皆『タクシー・ドライバー』(1976年)のロバート・デ・ニーロの狂演を、熱を込めて語りだすのはなぜなんだろう。
「You’re Talking To Me?(俺に言ってんのか?)」をマネして悦に入っているにわか演劇青年は世界に2万人くらいいると思われる(俺統計)。
役者にとって、サイコキャラ演じるのって快感なんだろーな。日頃切り替えられない感情のチャンネルに合わせられるという、媚薬的なエクスタシーがあるんだろう。
という訳で、いまだ演劇青年の心をわしづかみにして離さないアクターズ・バイブル、『タクシー・ドライバー』です。
デ・ニーロ演じる不眠症のタクシー・ドライバー、トラビスは終わりなき日常を生きている。彼はけだるいニューヨークの闇の中、売春婦やヤクの売人が群がる世界を横目でみながらアクセルを踏みつづける。
タクシーという「動く密室」で、彼の歪んだ自意識は加速度的にかきたてられ、やがて「この汚れきった世界を洗浄したい」という妄念が、終りなき日常からの脱出口にすりかえられてしまう。
無教養な田舎者から、自己中心的な救世主へ。社会承認を欲する哀しき男を描いた、これは実に現代的な物語である。
「オレに言っているのか?」
脚本を手掛けたポール・シュレーダーは、 主人公のトラヴィス同様に、自意識過剰で孤独なモテナイ君であった。
アラバマ州知事を銃撃し、殺人未遂で逮捕された犯人アーサー・ブレマーの日記から強烈なインスパイアを受けたシュレーダーは、わずか10日間で『タクシー・ドライバー』を書き上げたという。
コンプレックスのデパートのような男が産み出した脚本は、矛盾に満ちた社会への怒りに震えていた。救世主トラヴィスにシュレーダーが自分と重ねあわせたことは、想像に難くない。
病んだニューヨークのダークサイドが、トラヴィスの孤独を狂気に変貌させる。人生はクソだ。キューブリックの怪作『時計じかけのオレンジ』(1971年)では、主人公アレックスが真っ当な人間になるために「洗脳」される。
しかし本作の主人公トラビスは、“神”を演じることによって「終わりなき日常」からの脱出を試み、制裁を与えた人間がヤクの売人だったことから、社会的にも一躍正義のヒーローとして認知されてしまう。
我々はラストで、まるで湯上り後のように丸くなったトラヴィスに遭遇する。しかし、安心してはいけない。この映画の真の恐怖はラストショット、サイドミラー越しに狂気に満ちたデ・ニーロの顔に隠されている。
注意セヨ。彼はまた何かをしでかすに違いない。ニューヨークの喧騒は、そんな狂気すら包み込んでしまうのだが。
- 原題/Taxi Driver
- 製作年/1976年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/114分
- 監督/マーティン・スコセッシ
- 製作/マイケル・フィリップス、ジュリア・フィリップス
- 脚本/ポール・シュレイダー
- 撮影/マイケル・チャップマン
- 音楽/バーナード・ハーマン
- 特殊メイク/ディック・スミス
- 美術/チャールズ・ローゼン
- ロバート・デ・ニーロ
- シビル・シェパード
- ピーター・ボイル
- ジョディ・フォスター
- アルバート・ブルックス
- ハーヴェイ・カイテル
- ジョー・スピネル
- マーティン・スコセッシ
- ダイアン・アボット
- ヴィクター・アルゴ
- レオナルド・ハリス
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