『赤い影』(1973)死者の声が呼ぶ、ベニスの迷宮

『赤い影』(1973)
映画考察・解説・レビュー

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『赤い影』(原題:Don’t Look Now/1973年)は、娘を不慮の事故で失った考古学者ジョンと妻ローラが、修復作業のため冬のベニスを訪れる物語である。霊媒師の姉妹から「亡き娘が警告している」と告げられた二人は、現実と幻視のあいだで揺れ動く。霧と水に覆われた都市で、夫婦は見えない声に導かれながら、死の記憶と向き合う転機を迎える。

死者の声と水の記憶

ニコラス・ローグという名は、映画史において「撮影監督出身の最高傑作」という勲章と共に語られる。

彼は『アラビアのロレンス』で砂漠の陽炎を、そして『ドクトル・ジバゴ』で凍てつくロシアの白銀を、その眼差し一つで捉えてきた光の錬金術師だ。そんな彼が1973年に世に放った『赤い影』は、撮影監督として培った「視覚の絶対性」を、あえて自らの手で解体し、再構築しようとした挑戦状といえる。

この映画において、ベニス(ベネチア)は単なる観光地の背景ではない。それは、主人公ジョン(ドナルド・サザーランド)の理性をじわじわと溶解させる、巨大な「精神の処刑台」である。

そこに映し出されるのは、崩れかけた石壁、腐敗したドブ川の匂いが立ち上る運河、そして冬特有の湿った冷気。これらすべてが、娘を失った夫婦の「癒えない悲嘆」を増幅させる舞台装置として機能している。

ここで注目すべきは「水」のモチーフだ。冒頭、池に落ちたスライドのインクがじわじわと広がるショットから始まり、映画は常に「水」のイメージに支配されている。

水はリフレクション(反射)を生み出し、実体と虚像の境界を曖昧にする。ジョンは水面に映る「赤」を追いかけるが、彼が追っているのは真実か、それともただの光の反射なのか、分からなくなっていく。

ローグは、撮影監督時代のスキルを、観客を惑わすためにフル活用。ヴィスコンティが『ベニスに死す』で耽美な頽廃の極致を描いたのだとしたら、ローグがここで描き出したのは、もっと凶暴で、生理的な嫌悪感を伴う「知覚の罠」なのだ。

幻視と現実の臨界

ローグの演出哲学は、映画という媒体の「時間軸」そのものを破壊することにあった。彼は「時間は線ではなく、横に広がる平面である」と信じている。

その狂気じみた哲学が最も鮮烈に結実したのが、映画史に刻まれたあの伝説的な夫婦のベッドシーンだろう。ドナルド・サザーランドとジュリー・クリスティが見せる、生々しくも美しい肉体の交わり。ローグはそこに、あろうことか「行為を終えて黙々と服を着る二人」のショットを交互に差し込んでみせた。

このクロス・カッティング(並行編集)こそが、本作をカルト的な傑作に押し上げた最大の要因だろう。情熱の絶頂と、その後に訪れる静寂な日常。この二つを同時に見せられることで、観客の脳内では「現在」という感覚がマヒしていく。

今抱き合っている二人は、すでに「事後」の喪失感に拘束されているのではないか?このリズム、このグルーヴ感。これは単なるエロティシズムの演出ではなく、人間がいかに時間に支配され、同時に時間を超越した存在であるかを示す、極めて知的な挑発なのだ。

さらに、劇中の教会の足場のシーンや、盲目の霊媒師との接触シーンでも、この「断片化された時間」の手法が繰り返される。ローグの編集は、まるで神経がショートした時のフラッシュ現象のように、観客の無意識に直接訴えかけてくる。

私たちは物語を「理解」しようとする前に、映像の放つ不穏なエネルギーに「感染」させられてしまう。ベニスの迷路のような街路がジョンの方向感覚を失わせるように、ローグの編集は観客の論理性を奪い、剥き出しの「感覚」だけをスクリーンに繋ぎ止めるのである。

これは映像という武器を使った、確信犯的な暴力に他ならない。

視覚の終焉としてのラストショット

物語の終盤、ジョンはついに運河沿いに潜む「赤いコートの小柄な影」を追い詰める。このシーンに込められたサスペンスの密度はどうだろう。

その姿は、冒頭で亡くした愛娘の幻影として、ジョンと観客の心の奥底に眠る「再生への切望」を激しく揺さぶり、そして最悪の形で裏切る。正体が明らかになるあの瞬間、私たちは文字通り、人間の理性が最後に拒絶するはずの〈見てはならないもの〉を直視させられるのだ。

ここで暴かれるのは、「見る」という行為の傲慢さとその罪だ。ジョンは考古学者として、論理と視覚的な証拠を何よりも信じる男だった。しかし、彼が赤い影を娘だと信じて追いかけたのは、彼が「見たいと願う欲望」が視覚を歪めたからに他ならない。

ローグは、ジョンの視線を通して、観客の中に潜む「真実を覗きたい」「死の瞬間を見届けたい」という野次馬的な好奇心を完膚なきまでに露呈させる。スクリーンの中に映っているのはジョンだが、断罪されているのは彼を信じて追いかけ続けた、我々観客自身の「目」なのだ。

赤い影が消え去った後、スクリーンに残るのは、降り積もる静寂と冷たくゆらめく光の残像だけ。ピノ・ドナッジオによる、哀しみが滲み出すような名旋律が流れる中、私たちはようやく気づくことになる。

この映画は、死者が生者を呼び寄せるオカルト映画ではなく、生者が自らの「知覚の誤作動」によって死へと滑り落ちていく、恐るべき認識論の悲劇だったことを。

ローグは、言葉による説明を一切拒絶し、映像の余白の中に「人間が世界を正しく見ることなど不可能である」という絶望を刻み込んだ。信じてしまうことが人を破滅へと導く──この氷のように冷徹な真実を突きつけられたとき、私たちは二度と元の世界を同じ目では見られなくなるだろう。

DATA
  • 原題/Don't Look Now
  • 製作年/1973年
  • 製作国/イギリス、イタリア
  • 上映時間/110分
  • ジャンル/ホラー
STAFF
  • 監督/ニコラス・ローグ
  • 脚本/アラン・スコット、クリス・ブライアント
  • 製作/ピーター・カーツ、ピーター・スネル
  • 製作総指揮/アンソニー・B・アンガー
  • 原作/ダフネ・デュ・モーリア
  • 撮影/アンソニー・B・リッチモンド
  • 音楽/ピノ・ドナッジオ
  • 編集/グレイム・クリフォード
CAST
  • ドナルド・サザーランド
  • ジュリー・クリスティ
  • ヒラリー・メイソン
  • クレリア・マタニア
  • マッシモ・セラート
  • アンドレア・パリジ
  • レナート・スカルパ
  • ジョルジョ・トレスティーニ
  • レオポルド・トリエステ
FILMOGRAPHY
  • 赤い影(1973年/イギリス、イタリア)