頽廃的ムードが濃厚な、オカルティック・サスペンス・スリラー
【思いっきりネタをばらしているので、未見の方はご注意ください。】
『アラビアのロレンス』(1962年)、『ドクトル・ジバゴ』(1965年)といったスペクタクル作品から、『華氏451』(1966年)などに代表されるヌーヴェルヴァーグ映画まで、ジャンルレスに活躍した職人派撮影監督、ニコラス・ローグ。
やがて自ら演出を手がけるようになってからは、神経症的な細かいカッティングと、独特の色彩感覚に彩られた耽美的映像で、アート系ビジュアリストに変貌。映画インテリ層からの熱い支持を集めた。
そんな彼が、ヒッチコックの『レベッカ』(1940年)、『鳥』(1963年)の原作でも知られる、ダフネ・デュ・モーリアの小説を映像化したのがコレ。
不慮の事故で娘を失ったばかりの考古学者夫婦が、水の都ベニスで盲目の霊媒師と出会い、「あなた方の亡くなった娘さんが言っているわ。ここにいると生命の危険があるの。今すぐこの街から立ち去りなさい」と警告される…というミステリー・ドラマである。
ベルトリッチの『1900年』(1976年)では、ケラケラ笑いながら児童虐待したり、フェリーニの『カサノバ』(1976年)では、ド変態系ドラッグ・クイーン状態の色事師を演じてみたりと、エキセントリック・アクトが定番のドナルド・サザーランド。
そんな彼が主人公であるからして、霊媒師に「アンタの命が危ない!」と警告されても、「実はコイツが、ベニスを震撼させている連続殺人事件の犯人に違いない」と、小生勝手に確信。
そんで、妻がその真相を知って「あなたのこと…シクシク…し…信じていたのに…シクシク…」と泣きながら夫の胸にナイフを突き刺す、みたいな展開を想像しておりました。
だがその予想は全く当たらず。真っ赤なコートに身を包んだ小さな老婆に惨殺される、という予測不能なエンディングに、思わず椅子から転げ落ちそうになりました。
理詰めのサスペンス醸成よりも、突発的ショッキング描写が優先されるあたり、いかにもイタリア産ホラー映画なテイスト。ブライアン・デ・パルマとのコンビ作品が多い、ピノ・ドナジオによる情感豊かなスコアも良ろし。
そしてこの映画は、何よりもまずロケーションの見事さに尽きるだろう。かつて巨匠ビスコンティが上梓した『ベニスに死す』(1971年)では、街自体がゆっくりと沈んで行くかのような、頽廃的ムードが濃厚だった。
この『赤い影』でも、ミステリアスなムードに包まれた、冬枯れのベニスを縦横無尽に活写して、ドラマに独特なトーンを付与。鬱屈した迷宮世界で、主人公達の心理も少しずつ圧迫されていくプロセスが、極めてヴィヴィッドにビジュアライズされているのだ。
不満をひとつ。細かいところですが、僕が鑑賞したDVD版ではイタリア語の会話は字幕なしだったんですが、これはいかがなものかと。
もちろん、異邦の地で暗れ惑う主人公の心理を描くには、逆に外国語であるイタリア語は訳さないほうがいい、という判断からなのだろうが、そもそもドナルド・サザーランド演じる考古学者は、イタリア語ペラペラという設定なんで、DVD販売会社のたんなる怠慢にしか思えず。
イタリア語が分かる訳者探してきて、きちんと字幕つけてください。
- 原題/Don’t Look Now
- 製作年/1973年
- 製作国/イギリス、イタリア
- 上映時間/ 110分
- 監督/ニコラス・ローグ
- 製作総指揮/アンソニー・B・アンガー
- 製作/ピーター・カーツ、ピーター・スネル
- 原作/ダフネ・デュ・モーリア
- 脚本/アラン・スコット、クリス・ブライアント
- 撮影/アンソニー・B・リッチモンド
- 編集/グレイム・クリフォード
- 音楽/ピノ・ドナッジオ
- ドナルド・サザーランド
- ジュリー・クリスティ
- ヒラリー・メイソン
- クレリア・マタニア
- マッシモ・セラート
- アンドレア・パリジ
- レナート・スカルパ
- ジョルジョ・トレスティーニ
- レオポルド・トリエステ
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