その街のこども/井上剛

その街のこども 劇場版 [DVD]

冒頭、被災した子どもが描いた絵が順繰りに映し出され、淡々と現在の時間を伝える時報が流れる。

5時46分を迎えると突然場面が転換し、炎に包まれる神戸の街の情景が目に飛び込んで来る。映画『その街のこども』は、そんな風にして物語を紡ぎ始める。

もともとは、阪神・淡路大震災から15年目にあたる、2010年1月17日にNHKで放送されたスペシャル・ドラマがあまりにも好評だったため、新たな映像を加えて再編集し、劇場用作品として公開されたのがこの映画。

かつて神戸で震災を体験し、今では東京で暮らしている若い男女がひょんなことから出会い、東遊園地で行われる追悼のつどいに参加するため、真夜中の神戸の街を歩いていく…という、極めて単純なストーリーだ。

巧妙なのは、勇治役を演じる森山未來が実際に神戸市灘区出身であり、美夏役を演じる佐藤江梨子が東灘区で被災を体験している、ということ。

素の二人が震災時の体験を語り合っている様子が、そのまま本番にも使われたというエピソードひとつとってみても、この作品が虚実入り乱れた構造になっていることが分かる(現場ではスタートやカットの掛け声がなく、森山&サトエリがロケバスから降りたら、すでにカメラが回っていることもあったという)。

僕が畏敬の念を抱いている女流脚本家・渡辺あやによるシナリオは、ナチュラルなプロットにナチュラルな台詞を忍ばせて、二人の関係がゆっくりと変容していく様子を巧みに素描してみせる。

もはや、どこまでがアドリブで、どこまでがシナリオだか分からないほど。サトエリ、ちゃんとワガママで移り気でイヤーな女に見えるもんね。

演出面においても、カードに書かれたメッセージや、 何気ないおばあちゃんの会話など、実際の神戸の様子が織り込まれたノンフィクション世界に、フィクションとしてのドラマを重ね合わせる、という方法が試みられている。

いわば『その街のこども』は、彼らの道のりに我々観客も参加するという、追体験ムービーなのだ(二人が居酒屋で飲んでいるシーンなんぞ、手持ちカメラが簾に当たって揺れているのがバレバレだったりするのだ!)。

しかし、完全にドキュメンタル演出に偏った演出をしている訳ではない。例えば震災で亡くなったサトエリの友人のお父さんが、後方に見えるマンションの唯一明かりが見える部屋に住んでいる、という事実が判明するシーン。

マイケル・マンの『コラテラル』のクライマックスで、トム・クルーズ演じる殺し屋に狙われている女性弁護士が、高層ビルの明かりの点いた部屋にいるショットにも近似していて、もはやヒッチコック的なサスペンス風味すら漂わせている。

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全く不満がない訳ではない。例えばサトエリが、「震災で背負った傷を癒すには、工夫が必要だ」と語るシークエンスは、それまでの自然な会話からはやや逸脱しているくらいに、「芝居してます」感がクドすぎるし、建築事務所の先輩役で登場する津田寛治の演技も、「芝居してます」感が溢れまくり。

だとしても、『その街のこども』が人々の心に小さな痕跡を残す、ビューティフルな映画であることには変わりなし。

至るところに、些細なことに、小さな希望が見いだせることを、この映画は雄弁に語っている。

DATA
  • 製作年/2010年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/83分
STAFF
  • 監督/井上剛
  • プロデューサー/京田光広
  • 脚本/渡辺あや
  • 撮影/松宮拓
  • 音楽/大友良英
  • 編集/狩森ますみ
CAST
  • 森山未來
  • 佐藤江梨子
  • 津田寛治

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