冗長な編集とカットバックに不満アリ!なサイコ・サスペンス
小説『ミレニアム』シリーズは、ミステリー不毛地帯と思われてきたスウェーデンから登場したクライム・ノベルである。
ジャーナリストでもあった著者のスティーグ・ラーソンは、第一作の出版を待たず2004年に心筋梗塞で急逝してしまったが、『ミレニアム』三部作は全世界30カ国以上で翻訳され、800万部以上を売り上げる大ヒット。
スウェーデン本国で作られた『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』、『ミレニアム2 火と戯れる女』、『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』の映画化三部作も、これまた大ヒットを記録した。
“売れる”映画の原作をワールドワイドに漁っているハリウッドが、このベストセラー小説を見過ごすはずがない。
『ノーカントリー』(2007年)で第80回アカデミー賞作品賞を受賞し、名プロデューサーの仲間入りを果たしたスコット・ルーディンは、『ミレニアム』のハリウッド・リメイクを企画。
ダニエル・クレイグと三部作全てで主役のミカエル・ブルムクヴィスト役を演じる契約を結び、サイコ・スリラーの色が強い第一作『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』の演出に、デヴィッド・フィンチャーを起用するに至るのだ。
現在進行形のアメリカ映画シーンにおいて、小生が最も信奉する映画監督がデヴィッド・フィンチャーである。マドンナやローリング・ストーンズなどを手がける人気PVディレクターだった彼が、『エイリアン3』(1992年)でしずしずと映画監督デビューを果たしたときには、ハンパない内容の暗さと斬新すぎる映像設計が酷評されたものだ。
しかし、『セブン』(1995年)、『ファイト・クラブ』(1999年)でパンクネスなクリエイティビティーを発揮し、近作の『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)では格調高い文芸作品の匂いすらかぐわせて、すっかり巨匠感が板についてきた模様。ってな訳で小生、期待に胸を膨らませて新宿ピカデリーへ出かけて行った次第です。
もう初っ端から興奮MAX状態!!Yeah Yeah Yeahsのカレン・Oが絶唱する『移民の歌』カヴァーをバックに、モノクロームのオープニング・タイトルが目に飛び込んでくる。
まず曲が超絶かっこいい。デヴィッド・フィンチャーの前作『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)でアカデミー作曲賞を受賞した、トレント・レズナー&アッティカス・ロスのコンビは、『移民の歌』のオリジナルのロック感はキープしつつ、禍々しさをパワーアップさせている。
『デッドプール』(2016年)で長編監督デビューを果たしたティム・ミラーによるビジュアルも超絶かっこいい。リスベットの潜在意識をそのまま映像化したかのような、ドス黒い禍々しさ。
デヴィッド・フィンチャーは、毎回凝ったオープニング・タイトルで観る者を楽しませてくれるが、この『ドラゴン・タトゥーの女』のオープニングは、彼のフィルモグラフィーの中でも白眉の出来だろう。
しかし、興奮は次第に冷めていき、次第に脳内にクエスチョン・マークが点滅するようになる。アレ?何かうまく映画のリズムにのれないぞ?僕の『ドラゴン・タトゥーの女』に対する期待値が高すぎたのか?
だが、中盤になって「ノレない」理由に気づいた。『ドラゴン・タトゥーの女』は、編集の呼吸に難あり、なんである。
映画は、ミカエル(ダニエル・クレイグ)とリスベット(ルーニー・マーラ)のそれぞれの物語が並走し、交錯し、また並列する、という構造になっている。二人が邂逅するまでの序盤は、ミカエル=奇怪な猟奇殺人を追う探偵もの、リスベット=女性差別主義者への復讐談、という構成。
そもそも原作の『ミレニアム』シリーズは、社会問題やフェミニズムにも斬り込んだ内容になっており、それを体現するのがリスベットである。
しかし、例えばミカエルがヘンリック(クリストファー・プラマー)から仕事の依頼を受けるシークエンスにも、リスベットのエピソードが突然インサートされたりするので、観ているこっち側は盛り上がってきた気分に水を差されてしまい、せっかく生成したサスペンスが持続しないのだ。
クライマックスもおおいに疑問。真犯人の自宅に潜入するミカエル、ヴァンゲル・グループの資料室で調査をするリスベットのカットバックが、全然サスペンスフルじゃない!
ミカエルが真犯人に気づく→
真犯人の自宅に行く→
真犯人に襲われて拘束される→
リスベットも真犯人に気づく→
ミカエルが真犯人に殺されそうになる→
リスベットに助けられる
というサスペンスの積み上げ方のはずが、例えばリスベットが調査の合間にコーヒーを買いに行くというどーでもいいシーン(一応伏線として張られているんだが)がインサートされていたり、ミカエルが真犯人の自宅から逃げ出そうとして失敗するシーンが無様すぎたりして(っていうか逃げられるだろ!オイ!)、これまたノリきれないのだ。
冗長な編集とカットバックに不満を感じる映画ではあるが、場面場面の絵の充実度、役者の演技が素晴らしいことは言うまでもありません。
『ドラゴン・タトゥーの女』はデヴィッド・フィンチャーの代表作にはならないにしても、彼の鋭敏なダークサイド・イメージが結実した作品として、まずは評価すべき映画なんである。
- 原題/The Girl with the Dragon Tattoo
- 製作年/2011年
- 製作国/アメリカ、スウェーデン
- 上映時間/158分
- 監督/デヴィッド・フィンチャー
- 製作/スコット・ルーディン、オーレ・ソンドベルイ、ソーレン・スタルモス、セアン・チャフィン
- 製作総指揮/スティーヴン・ザイリアン、ミーケル・ヴァレン、アンニ・ファウルビー・フェルナンデス
- 原作/スティーグ・ラーソン
- 脚本/スティーヴン・ザイリアン
- 撮影/ジェフ・クローネンウェス
- 衣装/トリッシュ・サマーヴィル
- 編集/カーク・バクスター
- 音楽/トレント・レズナー、アッティカス・ロス
- ダニエル・クレイグ
- ルーニー・マーラ
- クリストファー・プラマー
- スティーヴン・バーコフ
- ステラン・スカルスガルド
- ヨリック・ヴァン・ヴァーヘニンゲン
- ベンクトゥ・カールソン
- ロビン・ライト
- ゴラン・ヴィシュニック
- ジェラルディン・ジェームズ
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